目下、最大の問題はオミクロン株の大流行だが、その陰で、というべきか、それとともに起こっているのが物価上昇だ。昨年、ガソリン価格がリッター当たり130円台から160円台に急上昇したことから一時、騒がれたが、同時に原油価格に連動する電気料金、ガス代が上がり、小麦粉が上がり、それにつれてパンやケーキの価格も上がれば、牛丼の値段も上昇。大豆の値上がりから食用油を初め、味噌、醤油、納豆に豆腐も上がる……と諸物価の値段が上がっている。


 岸田文雄首相は「分配と成長」という新しい資本主義を掲げ、経団連に社員の給与引き上げを要望しているが、実現するかどうかはともかく、給与が上がらないと、生活が大変になりそうだ。


 この諸物価値上がりの原因は何か。先日、テレビで見ていたら、例によってスーパー「アキダイ」の社長が登場していた。アキダイの社長は前掛け姿で店頭に出てきてどのくらい値上がりしているか、ということを語ってくれ、テレビにとっては有り難い存在だ。そのアキダイの社長は野菜を指さしながら「ジャガイモは夏に主産地の北海道で夏に雨が多く不作になってしまったのが値上がりの原因ですが、それ以外はほとんどが円安のせいです」と言う。


 すると、スタジオのエコノミストが「円安がすべてではなく、一部です。それ以外にアメリカでは新型コロナ禍のため港で貨物が滞留し、コロナ禍が落ち着きつつあっても今度は労働者不足に陥ってサプライチェーンが上手く動かない。そのうえ、石油の生産量も増加していない……」等々、さまざまな要因があると解説する。


 しかし、エコノミストの言う通りだろうか。アキダイの社長の言うことのほうが実感に近いような気がする。為替相場は第1次安倍内閣から福田内閣、麻生内閣、民主党の内閣を通して円高で1ドル=80~90円台だった。が、第2次安倍内閣が登場し、「3本の矢」が始まった。それは経済学者の浜田宏一イエール大学名誉教授の理論の導入である。


 前にも書いたが、浜田教授は「通貨の量と物価は比例する」と唱え、安倍内閣の内閣官房参与に就任。紙幣を大量に発行し通貨安、つまり、円安にすれば、物価は上がり好景気になる、というマネタリズム経済を導入した。その浜田氏の理論を採用して安倍政権は3本の矢の第一の政策として低金利を謳い、日銀の黒田晴彦総裁が市場から大量の国債を買い、株を買い取ることで紙幣を大量に発行した。コロナ禍でも日銀券の大量発行はさらに続いたのだから、円安が定着してしまっている。


 この円安が問題なのだ。確かにエコノミストが言う通り、ニューヨークの原油相場は、コロナの蔓延で1バレル=40ドルまで下がったが、バイデン政権下で新型コロナワクチン接種が進むにつれ原油相場は値上がりを始め、1バレル=70ドル台に急上昇した。加えて、世界最大の産油国であるアメリカでは、新型コロナ禍と地球温暖化阻止の流れで原油掘削が止まっていたため、原油相場は一気に急騰したのが主な原因でもある。


 しかし、日本でのガソリン値上がりはそれだけではない。1ドル=90円だった為替相場が1ドル=110円台と円安になっていることからガソリン価格が急騰してしまったといえる。もし、為替相場が1ドル=90円台だったら国内のガソリン価格は2割以上安い勘定で、リッター140円くらいにしかならない。140円なら国民は高すぎるとは思わないだろう。不漁のサンマ漁の漁師が「燃料代にもならない」とこぼすこともないはずだ。原油価格に連動する電気代もガス料金もさほど値上げする必要もない。アキダイ社長の言うことのほうが真っ当だ。


 浜田名誉教授の名前は最近、マスコミに出てこない。アベノミクスの言葉も出てこない。岸田政権誕生の折、「アベノミクスはどうするのか」とマスコミの話題になったが、ほんの一時だけだった。安倍首相は学問のマネタリズムを日本で実験した首相になったが、その検証は誰もしていない。安倍首相の経済政策は2%以上の物価上昇を実現して景気回復させる、というものだったはず。経済成長していいはずだ。ならば、ガソリン価格の上昇も物価値上がりもアベノミクスの成果と言えるはずである。だが、誰も歓迎していない。経済成長もしていない。これは一体、どういうことなのか。


 ガソリンの値上がりも諸物価の値上がりもアベノミクスがもたらした弊害である。国の経済力を表す為替相場は市場に任せればよいのだ。先進国の経済は主要な消費物資である食料や日常雑貨の多くを輸入に頼るようになる。結果、円安にすれば、庶民は物価値上がりに苦しむことになる。それは中間層の可処分所得を減らすことになり、多くの国民の生活を苦しめることに繋がる。中間層の減少はGDPを押し下げ、景気回復を遅らせることにしかならない。


 やはり、現場の感覚を肌で感じているアキダイ社長の言うことのほうが実態であり、正しいというべきだ。(常)