その理由が出張であっても余暇であっても、旅行に出かけると、行った先の土地の産品をお土産に買って帰る人は多い。また、留守を守る家族や部下が、それとなく、あるいはあからさまに、お土産がもらえることを期待している場合もある。我々の現地調査の行き先は、一般には日本人が観光目的で訪れるような場所ではないので、初めて行く時には、メンバーのご家族などは、かなりわくわくしながらお土産と共に我々が帰還するのを待っておられるようである。


 筆者も初めての現地調査でベトナムを訪れた際には、何かお土産を買って帰らねば、といろいろ考え、現地の人が教えてくれた、えんどう豆粉と米粉に少し砂糖を加えて固めたような、ベトナムの郷土菓子を買って帰った。その頃は、まだベトナムが米国と正式に国交を結んでいなかった頃だし、ベトナムに外国人観光客が大勢居るわけもなく、ホーチミン市の観光客はベトナム国内から来る人たちがほとんど、の頃である。そのお菓子は、折り紙の銀紙のようなもので包まれ、小学生が図工の時間に作ったような、手作り感満載の小さな紙の箱で個別包装されていた。もちろん、プラスチック系のシュリンク包装などは施されていない。


 さて、このお土産、研究室にも家族にも配るつもりだったのだが、せっかく人数を考えて全員にひとつずつ配れるように買って帰ったのに、手にとってありがとうと食べたのは、半分くらいの人たちだけだった。一瞥して、「遠慮します」という人が多いのである。「え?なんで?」と思ったのだが、今から30年近く前の話である;異国の、しかも、先進国ではない国の食べ物に、不潔なんじゃないか、とか、すごく不味いんじゃないか、とかいう感覚が先に立って、日本では手に入らない珍しいものである、とか、どんな味がするんだろう、とかいう興味を持つ感覚が引っ込んでしまったということのようだった。

 今でこそ、インターネット、SNS、テレビ番組など、いろいろな媒体で世界じゅうの食べ物や習慣を目の当たりにすることが出来るようになって、一般人が得られる情報の種類も量も増えて、目の前のお菓子らしいものが何処のどういうものであるかがすぐ検索できてしまったりもするのだが、その時はそんなことは出来なかった。携帯電話普及以前の話である。ベトナムに行くと話すと、地雷が心配なんじゃないかと言われたのと同じで、外国の事情はすぐには馴染めない、そういうことだったんだと思う。


 ベトナムに違和感がなく、食べるものも空気も人付き合いも、じゅうぶん楽しんでしまった筆者は、こんなに美味しいお菓子で、ひと口で終わっちゃうのに、日本じゅう探したってここにしかないお菓子なのに、そしてまた、なけなしのお金からわざわざ買って持って帰ってきたのに、手にも取らないなんて、変なやつらやなあくらいに思っていた。しかしその後、研究室に持ち帰るお土産については、国際会議で先進国に出張したときに買って帰った欧州郷土菓子などは、箱を開けて置いておけばものの見事にすぐなくなるのに、東南アジアから買って帰った郷土菓子は、1週間経っても半分以上残っているという様子が繰り返され、筆者はかなりうんざりしてしまった。爾来、研究室にはお土産は買って帰らないことにしている。



 さて、お土産には持って帰ってくるものの他に、こちらから持って出かけるものもある。特に、何度も同じところに通うタイプの現地調査の場合は、相手の顔が想像できて、好みもだんだん知れてきたりするので、滞在中世話になる現地の研究者や車の運転手に、ちょっと喜んでもらえるような、気の利いたお土産を持って行きたいと考えて、けっこういろいろ悩むのである。かさ張ったり、重たかったりすると、調査用具と一緒にスーツケースに入れるのが難しくなるので、軽くてコンパクトで壊れにくいもの、が選ぶ際の条件であった。


 初めの頃は、大学のマークが入った湯呑みやタオル、ネクタイピンなど、そこそこ手頃なものが見つかるのだが、回数を重ねるごとに選ぶものがなくなってくる。お土産なんぞ空港で購入すれば、と思われるかもしれないが、我々の場合、自宅での荷造りの時にスーツケースに詰め込んでしまうのが安全だった。なぜなら、乗り継ぎなしの直行便で調査地に辿り着けることはほとんどないので、乗り継ぎの時に没収されたり失ったりするのも嫌だし、移動時の手荷物がごちゃごちゃあると、トイレに行くのもたいへんになる、という理由もあった。国際空港であっても、トイレの中で荷物を置けるような、汚れない安定した場所なんて期待できないのが普通だからだ。さらに、出発時の日本の国際空港で売られているお土産品は、総じて価格がお高めである。


 そう、この、お土産代、相手国の人に持っていくものも、買って帰るものも、いずれももちろん研究費では支出できない。すべて、自腹である。会社勤めの人たちならば、相手国に持って行くお土産は、領収書があれば経費で処理できる場合が多いのだろうけれど、我々の場合はそうはいかない。手土産を持っていけば、その後の情報収集や移動をスムーズにするのに大きな効果があると説明を加えたところで経費には入れてもらえない。だから、如何にお安く、めいっぱい喜んでもらえるものを探すかが、出発前のひと仕事になるのである。


 何度も現地に通ううちに、日本人の感覚で選んで持って行った上等のお土産品より、調査の移動中の揺れる車の中でみなに配った、普通のチョコレート菓子やスナック菓子のことをよく覚えている人が多いことに気がついた。綺麗で美味しい日本のお菓子は、外国の人たちには珍しくて強く印象に残るものらしい。そんなこんなで、現地の若い人たちへのお土産は、日本の美味しいお菓子、にすることが多い。これなら、京友禅の風呂敷1枚を買う金額で、10人分以上のお土産が準備できるというわけである。また、数を多めに持って行って、余ってしまった場合にも、自分で消費してしまえば問題ない、という便利な側面もあったりする。たかが土産品、されど土産品、こんなところにも、フィールドワークの特殊性が隠れているのかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。