アサリの産地偽装が話題になっている。TBSの「報道特集」で、輸入した中国産アサリを熊本県の海岸にばら撒き、1週間後に回収し、「熊本産アサリ」として全国に卸している、それも漁協も承知の上だった、というドキュメント番組だった。この番組はしばしば見ていたが、アサリ偽装問題はすばらしいレポートだと感じた。
番組では自らアサリの偽装を行ない、刑事告発を受けて一審で有罪判決を受け、控訴中の本人がこんな偽装をやっていてはいけない、いつかわかることで漁師がやるべきことではなかった、と反省し、番組に協力。中国産アサリを海岸にばら撒く様子、それを回収して熊本産として網袋に詰め替え、トラックで輸送する現場を撮影してくれているからだ。
この映像を見たら、誰も反論できない。その放映直後から新聞各紙、各テレビ局がアサリ偽装問題を取り上げた。番組で漁師たちは「熊本ではアサリがほとんど収獲できず、こうしなければ食べていけなかった」と語っていたのが組織的な偽装だったことを物語り、印象的だったが、全国に偽装アサリが報道されると、当然のことだが、スーパーや魚屋、寿司屋から返品が殺到しているという。熊本県知事も当分の間、アサリの出荷をやめる、といわざるを得なくなった。
いや、「熊本産アサリ」はもう通用しないだろうし、今後、信頼を回復するのは容易ではないだろう。「熊本産です」と言えば、消費者から「偽装アサリですか」と拒否されるだろうし、「熊本産の中国アサリですか」などと言われるかもしれない。国内に出回っているアサリはほとんどが「熊本産」だそうだから、当分、スーパーや魚屋の店頭からアサリは姿を消すだろう。本物の国産アサリの産地はとばっちりを受けそうだ。
でも、東京や千葉ではさほど心配することはない。アサリに代わって「ホンビノス貝」がスーパーに出回っている。アサリより、ハマグリより一回り以上大きく、食べ甲斐があるし、味も結構いいそうだ。なんでも外航航路を走る船舶にくっついてきて、東京湾で繁殖したもので、最近は千葉県側の東京湾で盛んに採取して販売されているという。
それはともかく、告発者も漁協幹部も漁民自身も言っていたが、「中国産アサリはどこでも売れない」そうで、そのためアサリ偽装は20年以上前から行なわれていたという。
もちろん、中国産では売れないからと言って偽装に同情できないが、「20年前」と聞いたとき、咄嗟にシジミでも偽装が行われていた、という話を20年近く前に聞いたことを思い出した。
シジミは主に海水と淡水が混じった汽水域で生育し、島根県の宍道湖と青森県の十三湖が有名で値段も高い。偽装シジミの話をしてくれたのは在日の人だ。彼、Kさんは西日本に住んでいるちょっとした投資家だった。投資家といっても、巨額の資金を動かすファンドとは違い、10億円内外の資金で中小ファンドに資金を出したり、あるいは、自らファンドに協力して投資し利益を得る程度だから、証券マンもマスコミにもほとんど知られていないような存在だった。
だが、あるとき、投資会社から協力を要請されて資金を提供したところ、投資に失敗した投資会社に資金を出してもらった覚えはない、と言われ、着服されてしまったというのだ。投資会社は東証二部に上場するJ社で、同社は元倉庫会社だったが、株価が低迷していたとき、ひと癖もふた癖もある投資家グループに株を買い占められ、経営者が交代。新経営者たちは社名をカタカナ名に変更し、事業を投資会社に変貌させてしまった。
二部上場とはいえ、上場会社だから増資を行なって資金を集め、株式投資を繰り返していたことから兜町でも札付きの会社とされていた。騙された気付いたKさんは返済を求めてJ社を訴えたという話を聞き込み、記事にしたことがある。
記事そのものはコラムで半ページくらいのものだったが、書かれたJ社から名誉棄損だと訴えられた、損害賠償金は10億円で、週刊誌でも最も高い金額で、1文字1000万円になる、と笑ったものだった。
裁判は1年以上続き、J社は準備書面で当社の株主はロイヤルニューヨークバンクやシティバンクなど多くが外国の有名銀行だなどという。それに対して、外国の有名銀行という中身はすべて「アカウント」と書かれている。それは個人投資家の代理として諸手続を代行する信託に過ぎない、タックスヘイブンのバミューダ諸島を本社にした資本金1ドルの会社であるとかと反論したりしたが、裁判官も弁護士も経済や株式のことを知らなさすぎるのは閉口した。この裁判でK氏に証人として出てもらったことから親しくなった。
裁判の行方は弁護士も言ってくれたが、「たぶん勝ったな」という感触を持っていた。唯一の心配は裁判官が和解をするように言い出さないか、ということだけだった。なにしろ、誰も声を出して言わないが、地裁の裁判官には判決文を書くのを嫌がる人がいる。この手の裁判官は面倒だから和解を勧める傾向があるのだ。
私が関わった訴訟の裁判官は9月初めに判決を言い渡す、と言って結審した。だが、私は少々心配があった。というのも裁判官は7~8月には1ヵ月以上の夏休みを取り、大概、家族と軽井沢の別荘で過ごしている。7~8月は公判が開かれること自体、ごく少ないのである。判決文を書き上げるのに1ヵ月近くかかるといわれているから、その夏休み明けに判決を出すということは、家庭サービスをせず夏休み返上で判決文を書く、ということになる。本当に夏休みに判決文を書いてくれるのだろうか、と思ったのである。
すると、不安が的中した。9月初めの判決言い渡しの日に和解を勧めてきたのだ。夏休みに判決文を書いていないのだ。弁護士もびっくりしていたが、こうなるとやむを得ない。弁護士とも相談し、和解に応じるしかない。和解を拒否すると、裁判官は1ヵ月かけて判決文を書かなければならなくなることから、拒否した側に不利な判決になる。これが法曹界の常識である。地裁にはヘンな判決や和解ばかり勧める裁判官がいるといわれているのだ。相手のJ社は和解を受け入れるというから、わが方も受け入れざるを得ない。まぁ、裁判官が示す和解案には賠償金支払いがないから金銭的な実害はなかったが、報告を聞いた編集長は嫌な顔をしていた。
ところが、判決の3ヵ月後、警視庁がJ社の社長たち数人をシンガポールを拠点に使った投資で株価操作の疑いがあると逮捕した。その記事を見た編集長は夕刊を手に「あいつらはとんでもない奴らじゃないか」と笑っていた。私のほうに実害はなかったが、内心では被害者のKさんが証人に立ってくれたのに裁判官はKさんが在日朝鮮人だということで偏見を持っていたのではないのか、信用しようとしなかったのではないか、と思いがある。
それはともかく、K氏に証人を依頼するために数回会った。そのときの雑談で「北朝鮮からシジミが日本に入ってきている」という話が出たのである。彼の話によると、北朝鮮には冷凍倉庫などが備わっていないため、ハマグリやアサリは1週間くらいで死んでしまう。しかし、シジミは1ヵ月程度、陸地に置いても死なない、口を開かないからだというのだ。
専門家ではないからそういうものかと聞いていたが、彼は続けて、「だから、シジミを集めては西日本の港に運ぶ。すると、日本の業者が有明海に埋め、1ヵ月後に掘り出して日本産シジミとして全国に売る」のだそうだ。それは偽装じゃないか、と言うと、彼は「なに、日本の海で獲れたことになるのだから日本産だよ。だいいち、同じシジミだから区別が付かないよ」と笑っていた。
もっとも、そのころは北朝鮮に対する経済封鎖が強化されていたから、今は日本に運べない、北も困っているという。その後、北朝鮮は経済難から沿岸漁業の権利を中国に売却したと伝えられているから、日本に輸出できるほどの魚介類を獲れないようで、北朝鮮産の魚介類は日本に入ってきていないらしい。
付け加えると、鳥取県の漁港、境港がかつて「水揚げ日本一」を誇ったが、それには北朝鮮の漁船が魚介類を運んでいたからということもあったらしい。経済封鎖が解除されたら北朝鮮の魚介類が大量に日本に入ってくるかもしれない。
K氏からシジミ偽装の話を聞いたときは、日常の週刊誌で忙しいうえ、裁判で余計な時間を取られていることもあって、それ以上のことは明らかではない。今、アサリ偽装が20年以上前から行なわれていた、ということは、K氏がいった北朝鮮産シジミの偽装もほぼ事実ではなかろうか。(常)