右派月刊誌『Hanada』の花田紀凱編集長は4年前、自民党の杉田水脈・参議院議員がLGBTを「生産性がない」と蔑む論文(『新潮45』掲載)を発表して非難を浴びた際、彼女を擁護する文脈で「朝日新聞の騒ぎすぎ」を誌面で叩いたが、この件で実際に先陣を切ったのは朝日でなく毎日。しかし、花田氏はこの「誤爆」に何ら悪びれず、「毎日じゃ(雑誌が)売れない。毎日じゃダメなんだよ、朝日じゃなきゃ」と開き直る釈明をした。それほどに過去数十年、左派メディアの総本山として右派による攻撃の矢面に立ってきた朝日新聞だが、2014年、原発事故報道と慰安婦連載の「ダブル炎上」で袋叩きになって以来、その威光も地に落ちたと判断されたのか、最近では毎日や東京と同程度の叩かれ方しかされなくなってきた。
そんななか、今週は久しぶりに「朝日の不祥事」が文春、新潮それぞれに載った。文春のスクープは『経済安保のキーマン内閣審議官 朝日記者不倫と“闇営業”』というトップ記事、新潮のほうは『背徳の囁き』と題したワイド特集の1本で、『「ローマの休日」の後始末「朝日新聞」支局長の700万円横領疑惑』というものだ。両記事とも、往年の朝日批判記事のようなイデオロギー的なものではなく、不倫や横領という「わかりやすい不祥事」を取り上げている。そんなところにも、いかにも令和の朝日批判記事という感がある。
文春の記事は《朝日新聞が次々にスクープする今国会の目玉法案「経済安保法案」の中身。法案担当の最高幹部は毎週土曜、民間企業で講師を9年にわたり務めている。講義前夜、男は朝日の敏腕女性記者のマンションに泊まり――》というリードの内容にほぼ尽きる。ネタ元の官僚と新聞記者の不倫、という話だと、約半世紀前、沖縄返還に伴う日米密約をスクープした毎日記者・西山太吉氏にまつわる「西山事件」を思い起こす。情報源となった外務相女性事務官と新聞記者が国家公務員法違反(守秘義務違反)で逮捕されたケースだが、政権は2人が不倫関係にあり、「密かに情を通じ、これを利用して」という部分を大々的に宣伝し、密約の是非や報道の抑圧という「事件の本質」をうやむやにした。
今回のケースでは、仮に朝日の関連報道が「密かに情を通じた取材」(朝日側は、女性記者が昨春には担当を外れていて「最近の法案報道とは無関係」と否定している)の成果だとしても、その内容はいずれ表に出る政策決定の「前打ち」であり、西山事件のような機密情報のすっぱ抜きではない。言ってみれば、安倍元首相のお気に入りだったNHKの女性政治記者が、ライバル社を出し抜いて政権の情報を次々報じた例と似たような話であり、そのスクープはあくまで業界の「内輪受け」、社会的な意味合いはほとんどない。
ただ、記事を読んだ印象では、この女性記者は朝日社内で相当に高く評価される立場にあることが察せられる。もはや一線の記者たちを知る関係にはないのだが、四半世紀前にこの会社にいた者として、彼女がまさにエース級の扱いを受けている雰囲気は理解できる。記事によれば、自民党の大物政治家を祖父に持ち、茂木敏充幹事長や森山裕・前国対委員長など与党有力者に太いパイプを持つ記者だという。政治部記者の仕事をする傍ら「天声人語」の補佐役も兼務するらしいから、間違いなく将来の編集幹部になるラインを歩んでいる。
関連業界にいて還暦の年になり改めて感じるのは、こうした優等生的な組織ジャーナリストの才能を惜しむ気持ちである。「取材対象への食い込み」にエネルギーを注ぐ生き方は、社内的評価は得られてもジャーナリスティックな本質的価値にはつながらない。その部分はあくまで事象や人物を見る視点の確かさと揺るぎない報道姿勢に負う。
今回記事になった男女の問題は別次元の話なので、ことさら言及する気はないのだが、個人的にはそれよりも彼女のような優秀な人材が、未だに政界・官界への食い込みに労力を費やしている古臭い業界慣習への残念さだ。さすがに今日の報道機関では、出世頭になるような人にこそ、どんどんワクをはみ出していってほしい。さもないと、世間の感覚と組織の価値観はかけ離れてゆくばかりだ。オールドメディアが壊滅の危機に直面する時代、それではあまりにも人材の無駄遣いに思われる。
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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。