安倍晋三政権が重視する農協改革の余波で、全中(全国農業協同組合中央会)の万歳章会長が先月、辞任を表明した。辞任の理由は「(全中が持つ農協への監査権廃止などを盛り込んだ)農協法改正案の閣議決定を一つの区切りと思った」とのことだが、引責辞任と見る向きが多いようだ。
しかし、ここで素朴な疑問が出てくる。近年、消費者向けに高付加価値な農作物を作るベンチャー的な農家が増えている中、彼らは全中を頼っているのだろうか。果たして「全中の声は農業のトレンド」と言い切れるだろうか。
実は、同様の構図は日本医師会(日医)など他の業界の中央団体についても指摘できる。業界における競争が激しくなり、内部の意見集約が難しくなっている中で、中央団体の声が業界全体のトレンドを反映しているとは言えなくなっている。
しかし、中央団体は旧態依然とした要望型行動を続けている一方、中央省庁も政策決定に際しては中央団体の意見を尊重する。こうした政策形成プロセスは何処まで有効なのだろうか。
団体や業界ごとに会員の階層や構造、取り巻く環境は違うため、一概に言い切れない部分もある。このため、単純化のそしりは免れないかもしれないが、本稿では政策形成プロセスにおける業界団体の機能不全を考察したい。
◇ 立法府、行政府、業界団体の「三角関係」
電気事業連合会、日本製薬団体連合会、全日本トラック協会………。国会議員や中央省庁幹部の名前が載っている『国会便覧』(廣済堂出版)を見ると、巻末には各種団体がズラリと並んでいる。医療分野で言えば、日医、日本歯科医師会、日本薬剤師会の通称「三師会」に加えて、日本製薬工業協会や健康保険組合連合会、日本看護協会などの名前も載っている。
これらの団体は各業界を代表する形で、自民党政務調査会、国の審議会などに出席。予算編成や税制改正、法律制定に際して、それぞれの業界の意見を政府・与党に伝える上で主導的な役割を果たす。ビラやプラカードまで持ち出し、出席する議員に要望事項を伝える自民党税制調査会の活動は典型例かもしれない。
これに対し、政府・与党は政策形成プロセスで、これらの団体から意見を聴き、その見返りとして与党は票や政治資金、政府は官僚OBの天下り先を確保した。行政府、立法府、業界団体の「三角関係」は一部で汚職などの問題を起こしたとはいえ、様々な利害を調整するツールとして機能したのも事実である。
◇ 業界団体の限界
しかし、こうした手法は有効とは言えなくなっている。その理由として、1980年代以降、国の財政が悪化し、予算制約が明らかになってきたことが挙げられる。国として分配できるパイに限界が出てくれば、業界団体の得られる利益も少なくなる。
さらに、業界団体内部の変化も挙げられる。国民のニーズの多様化、グローバル化による産業構造の転換などを受けて、業界としての均一性が失われており、内部の利害が対立する場面が増えている。その結果、業界が一枚岩で結束しにくくなっており、「中央団体の主張=業界全体の大多数の意見」とは言えなくなっている。
冒頭に掲げた全中は典型例であろう。消費者向けに高付加価値な農作物を提供している農家はダイレクトにレストランや販売店と提携しており、こうした農家からは「既存組織なんか使っても意味がありません」との声が聞かれる。
日医についても、加入率は55%程度に下がっている上、開業医の権益を伝統的に守ってきた経緯があるため、勤務医からは「日医の組織は開業医の団体。我々には関係ない」と冷ややかな声も。今後、在宅医を専門で取り扱う医師が増えると、彼らは旧来の開業医や病院勤務医と違う利益を追求する可能性がある。こうした中で、限られたパイの食い合いが始まった時、日医はどうするのだろうか。
業界団体の範疇に入らないかもしれないが、同じ構図は日本経済団体連合会(経団連)にも言える。例えば、グローバル競争に晒されている企業にとって邪魔な規制や予算制度だったとしても、それらが競争力に劣る国内企業の権益を守っている場合、両者の利害が鋭く対立することになり、財界としての一枚岩の対応を難しくする。
この結果、逆説的だが、業界内の対立は政府に対する要望を激しくする側面がある。業界団体は要望書を取りまとめる際、会員同士の意見が対立する内容は盛り込まない。会員同士は対等であり、予算・税制を奪い合う「敵」が団体内部に生まれると、意見調整が難しくなるためだ。
だが、その矛先が政府に向かえば、団体としての足並みは揃いやすくなる。「予算や租税特別措置の拡充が必要」と政府に主張している限り、団体内部の対立は顕在化せず、結束を保てる。多くの団体が政府・与党に対して予算・税制の拡充しか言えない一因には、こうした構造変化を踏まえる必要がある。
言い換えれば、「中央団体から意見を聴いただけで業界の意見を聴いた」と考えるのは大間違いである。政策を進める上で団体の協力は欠かせないが、政策立案に際しては、現場や利用者の声を丁寧に聞く必要がある。
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丘山 源(おかやま げん)
早稲田大学卒業後、大手メディアで政策プロセスや地方行政の実態を約15年間取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている。