コロナ禍では、ECMO(エクモ)、PCR検査機器といった医療機器が注目された。実のところ、記者や編集者として医療・医薬といったヘルスケア業界を担当していても、手薄になりがちなのが医療機器業界だ。個別の領域を深堀りしたり、上場企業の注力領域を調べたりと、断片的な知識は持ちつつも、業界全体を俯瞰する機会は専門紙でもない限りは少ない。


 そこに格好のテキストが登場した。『医療機器業界のしくみとビジネスがしっかりわかる教科書』がそれだ。メーカーだけでなく、販売、物流、保守点検、洗浄ほか、周辺の関連業界まで含めた医療機器業界のバリューチェーン全体をカバーしている。


 本書によれば、世界の医療機器市場は40~50兆円程度、うち4~5割が米国市場という状況だ。国別で日本は2番手グループにあるが、シェアは1桁パーセント。日本の成長率は約3%で推移している。グローバル市場の伸び率に比べると低く、相対的には地位は低下傾向にあるという。〈大枠で見れば成熟している市場〉だ。


 日本企業の存在感はどうか?


 医療機器は大別して、診断機器・治療機器・その他機器の3つに分かれるが、伸び率が高く、〈市場規模の大きい治療系機器で高いシェアをとれていない〉。〈海外市場、特に米国で高いシェアが取れていない〉という。


 その一因として、〈欧米メーカーのようなM&Aを積極的に実施していないこと〉もある。


■強者が強者を買う再編劇


 日本でも、東芝から画像診断装置等を扱う子会社を買収したキヤノンや、日立から画像診断装置事業を買収した富士フイルムのようなケースはあるが、欧米企業のM&Aはもっとダイナミックだ。〈強者が強者を買収することによる大グループ化〉が行われている。


 米メドトロニックが2015年にアイルランドのコヴィディエンを4.4兆円で買収したり、事業の再構築を行った米アボットは2017年に米セント・ジュード・メディカルを2.7兆円で買収するなど大型のM&Aが行われた結果、この10年で業界の世界ランキングは大きく変わった。

 

 大手製薬会社では少し前に起こった動きだが、高騰した研究開発費の負担をカバーしたり、同業他社に対する競争優位を狙うのだけを目的にしているわけではない。


 このところ米国を中心に、海外では医療機関が協働して医療機器メーカーと価格交渉したり、保険会社がM&Aで巨大化する動きが広がっており、買い手の力が増している。


 そのため、〈交渉時にできるだけ有利な条件を引き出すために、医療機器メーカー側も大グループ化を図っている〉面もあるのだという。


 消化器内視鏡で約7割のシェアを誇るオリンパスや血球分析で世界シェアの約半分を握るシスメックスなど、日本には強い個性を持つ医療機器メーカーも存在するが、巨大化するワールドクラスの医療機器メーカーの動きからは取り残された格好だ。前述のキヤノン、富士フイルムは巨大資本を持ちながらも、写真・カメラ市場が縮小の一途。今後の医療機器業界での動きが気になるところである。


 医薬品業界との大きな違いを感じたのが、「保守点検」「洗浄」といった“後工程”ビジネスの存在だ。医療ゴミは一般ゴミとは別の処理が必要になる。再利用が行われるものでは、“循環”まで含めたサプライチェーンの構造がわかりやすく解説されており、非常に参考になった。


 今後の業界動向を探るうえでは、他の業界同様にデジタル化は避けては通れない。遠隔医療やクラウド化など見えているテーマもある一方で、課題もある。例えば、新たなデータを取り込んで継続的に性能を変化させる〈AI医療機器〉は、安全性を担保するために現在は認められていない。承認制度も含めて議論の対象となりそうだ。


 個別の機器でいえば、手術支援ロボット「ダヴィンチ」の特許切れが気になるところ。すでに多くの企業が参入している。「下手にメーカーを変えて失敗したくない」という保守的な医師が珍しくないなかで、シェアを脅かす画期的な機器が登場すれば、医療の大きな進歩だ。


 医療機器業界は品目数が〈30万点以上あり、それぞれが小さい市場を形成〉している特異な分野である。医療機器業界に参入したい人、働きたい人、メーカーの株式に投資したい人……。本書は図解を多用して平易に作られているが、情報量も多く、細分化された市場の全体像をとらえるには格好の一冊だ。(鎌)


<書籍データ>

医療機器業界のしくみとビジネスがしっかりわかる教科書

野村総合研究所ヘルスケア・サービスコンサルティング部著(技術評論社 1980円)