22年2月17~19日の3日間、第19回日本臨床腫瘍学会(JSMO)学術集会が開催された(会長:大江裕一郎国立がん研究センター中央病院 副院長/呼吸器内科長)。同学会は米国のASCO、欧州のESMOと肩を並べるアジアのMedical Oncologyの中核学会となることを目指している。今回は1,000題を超える演題の応募があり、うち約250題が海外(世界33か国)からだった。
ここでは、初日に行われた日本癌学会、日本癌治療学会との合同シンポジウム『COVID-19流行のがんマネージメントに及ぼす影響』の内容を、テーマ別に整理し紹介する。
(1)がん検診・診療への影響
■早期がんの発見遅れを防げ
高橋宏和氏(国立がん研究センターがん対策研究所)は『新型コロナウイルス感染症によるがん検診およびがん診療への影響』と題し、厚生労働科学研究でこれまでに確認した情報の解析結果を報告した。
【がん検診受診者数の推移】聖隷福祉事業団および宮城対がん協会のデータによれば、20年4~5月のがん検診受診者数は、前年同月に比べ大幅減。ただし、6月以降は回復したため、通年では住民検診で1割減、職域健診は前年同月と同程度だった。
【院内がん登録による、がん罹患者数の推移】がん診療連携拠点病院等を含む院内がん登録実施病院863施設の集計データによると、20年の全登録数は1,040,379例で、16~19年の4年平均と比べ1.4%減。594施設で全登録数が減少していた(平均4.6%減、がん診療連携拠点病院等では平均5.3 %減)。
部位別にみると、前述の4年平均と比べ、胃、大腸、子宮頸、甲状腺、前立腺、皮膚などで減少した。男性は胃・大腸、女性は乳房・胃の登録数が減少しており、肝臓は男女ともほぼ横ばいだった。特定警戒地域は、他の地域と比べ、一時的に大きく減少し、その後差は縮小した。
【NCDデータによる、がん外科手術数への影響】20年の主要20外科手術数は、前2年に比べ15%減。部位別にみると、胃・大腸・甲状腺がんの他、小児鼠経ヘルニア、小児虫垂炎などが減少。膵がん、成人虫垂炎、上行大動脈置換術などは大きな増減なし。感染程度の高い地域では、症状のない疾患(検診に関わるがんを含む)や、緊急性の低い手術数の減少が顕著だった。
【まとめ】現時点での収集データから、がんの検診・診療の受診者数減少の要因として、①緊急事態宣言に伴う政府や専門学会の通知、②がん検診実施者による実施延期や中止、③感染の恐れによる受診控え、④検診実施期間医療機関のキャパシティ減少などが考えられた。
21年11月には、厚労省が「がん検診の受診や医療機関への受診が遅れないようにすることが重要」「がん検診などの必要な受診は不要不急の外出には当たらない」とプレスリリースした。今後の対応策としては、①モニタリングおよび分析の継続、②がんの検診・医療へのアクセスの確保および適切な情報提供、③即時性のあるがん検診・がん罹患データ収集システムの構築が重要である。
■進行がん段階での発見増を危惧
杉尾賢二氏(大分大学呼吸器・乳腺外科)は『COVID-19が肺がん診療に及ぼした影響』と題し、日本肺癌学会の調査結果を中心に報告した。
【調査方法】同学会評議員の所属施設181と、がん拠点病院309、計490施設に調査票を送付し、20年1~10月に新たに原発性肺がんと診断され初回治療を受けた患者数(各月、治療法ごと)を、前年同期と比較。また、施設が受け入れたCOVID-19患者数も調査した。回答施設は124(回答率25.3%)、解析施設は118。施設形態別では、大学病院43(36.4%)、公立病院22(18.6%)が多かった。
【10ヵ月間の新規患者数】20年は18,562例で、19年の19,878例から6.6%減少した。がん登録による新規肺がん患者が毎年13万人程度であることを考えると、例年であれば肺がんと診断され治療を受けたはずの約8,600人が機会を逸したことになる。
【治療法ごとの傾向】手術症例6.0%減に対し、薬物療法は8.6%減だった(図)。特に「化学療法のみ」(20.7%減)は最も減少率が大きかった。一方、20年に肺がんの標準治療になった「免疫チェックポイント阻害剤(PD-1/PD-L1抗体)+化学療法」のみ10.5%増だった。
【施設別の傾向】COVID-19治療患者数が50例以下の施設の減少率は4%台だったのに対し、51例以上の施設は8%以上減少していた。施設形態別では、公立病院の14.3%減が最も大きかった。感染症指定病院になっている公立病院が多いことに起因すると考えられる。
【追加調査結果】21年夏の第5波のさなか回答を得た27施設について、20年度通年(4~3月)を前年度と比較した。新規患者数は、14%減と前述の10ヵ月間の調査より大きく減少。放射線治療の減少幅は比較的小さいが、前述の調査で増えていた「免疫チェックポイント阻害剤(PD-1/PD-L1抗体)+化学療法」も10%減だった。施設形態別では、国公立病院で減少幅が大きかった。ステージ別の減少幅は、ⅠA期15%、ⅠB期8%、Ⅱ期5.9%、Ⅲ期10.8%、Ⅳ期13.7%で、早期への影響が大きかった。
【まとめ】今後、進行肺がんとして発見される例の増加が、非常に危惧される。
(2)クラスター発生予防と高リスク群の管理
■予期せぬCOVID-19発生を阻止
瀧川穣氏(東京歯科大学市川総合病院外科/コロナ対策本部)は『COVID-19禍における安全ながん治療・手術を行うためのスクリーニングの重要性についての検討』と題し、地域がん診療連携拠点病院かつ地域の中核病院として実践してきた、院内クラスター発生予防への取り組みと成果を紹介した。
【地域の感染状況と病院の対応】市川市は東京都に隣接し、10万人あたりの感染者数は県内で最も高レベルだ。当院では20年4月に新型コロナ対策本部を立ち上げ、同7月からは病棟再編を行いながらCOVID-19患者の受け入れを拡大してきた。21年1月以降は2病棟を閉鎖し、専用の人員配置で対応。呼吸器内科を中心に、中等症から一部重症のCOVID-19患者を250例以上治療してきた。
全患者は、19年度を100%とすると20・21年度は83%前後。手術は同年度に84.5%、89.2%と制限がかかっていた。しかし、入院患者は19年度を100%として、20・21年度とも100%超。がん手術患者に限ると20・21年度は94%と、軽度制限はあるものの比較的保たれていた。
【具体的な取り組み】20年4月以降、全入院患者にCOVID-19のスクリーニングを実施。具体的には、①2週間の自己隔離を徹底、②外来で15種類の文章を用い生活上の注意点を説明、③健康観察シート(1週間前から体温と症状をチェック)と問診票(動歴・家族の体調不良などを確認)の記載を義務付け、重要事項に該当した場合は入院を停止し検査を追加。さらに、全身麻酔手術例に対しては、④PCRと⑤胸部CTを追加。緊急入院例には、問診票、胸部CT、可能な限りPCRを行い、感染可能性を総合的に判断している。なお、職員には体温・症状などを入力する健康観察アプリを導入して感染可能性を早期にキャッチし、低アラートなら注意して勤務、高アラートなら出勤停止としている。
【結果】20年4月~21年10月の入院患者は12,497例。スクリーニング陰性の一般入院患者10,941例と、感染可能性が否定できず疑似患者として入院し陰性確認後も一般病棟に移動した1,346例については、予期せぬCOVID-19発症例はなく、安全な治療が可能だった。
20年4月~21年12月末日の手術申し込みは10,844件。中止例は573例で、うちCOVID-19関連の理由が147例だった。緊急を含めた通常手術は10,247例。緊急手術の中でCOVID-19対応手術は24例で、うちPCR陽性3例、重症肺炎に対する気管切開術2例、尿道狭窄に対する手術1例だった。
【まとめ】COVID禍における診療の安全性確保には、入院前患者の自己隔離を徹底し、健康観察を含めたスクリーニングを用いて非感染者と感染者を区別し、それぞれに対して適切な対応を行うことが重要である。
■血液疾患患者には適切な対応を
萩原政夫氏(永寿総合病院血液内科)は『COVID-19パンデミックにおける血液疾患のマネジメント』と題し、全世界的にCOVID-19による死亡率の高さが報告されている血液疾患の管理について、自施設での経験をもとに発表した。
【20年の院内クラスター発生とその要因】当院では、20年3月下旬、入院患者109名、職員83名、計214名と、当時最大規模のCOVID-19院内感染クラスターが発生し、入院患者43名が死亡。血液内科部門でも、入院患者61例中48例が感染し、21例死亡に至った。その後の厚労省クラスター班の調査等で、当初の検査数や検査方法、病院構造上の問題、配置転換による感染防御策の不徹底などが指摘された。
【血液疾患患者が抱えるリスク】クラスター発生時は感染者数、死亡者数ともに血液内科が群を抜いて高かった。血液疾患症例は酸素投与開始後、人工呼吸器装着または死亡に至るまでの日数が5日と、他疾患に比べ急速な増悪を示した。その理由を、海外文献に照らし合わせて考察すると、①血液疾患症例のウイルス排出量の高さ、②高年齢(当院では60歳以上9割、70歳以上7割)、③悪性血液疾患症例の死亡率の高さ(当院の場合は、急性骨髄性白血病と骨髄異形成症候群が34%、リンパ腫68%、骨髄腫55%)などが考えられた。
【血液疾患患者の抗体反応】新型コロナウイルス感染後の患者保存血清を用い、東大医科研・河岡研究室の協力のもと、抗SARS-CoV-2 IgG抗体価を測定した結果、感染後の抗体陽性率は血液疾患で60%と、非血液疾患の91%より低値だった。院内の検討でも、血液疾患症例は抗体獲得までの日数が長期(14日以上)に及ぶことが多かった。当初無症状で抗体獲得に至らない症例2例で、1ヵ月以上の潜伏期の後、肺炎症状を認めた。血液疾患症例では、感染後の隔離解除においても抗体を確認することが重要である。
【ワクチン接種後の抗体反応】各種の血液疾患における、新型コロナウイルスワクチン接種後の抗体反応も、院内で解析した。リンパ腫や骨髄腫に関しては、特に治療中や、治療後間もない場合はワクチン抗体価が低く、感染防御に細心の注意が必要。また、副反応としての血液検査値以上も留意すべきである。
【まとめ】血液疾患は、COVID-19のハイリスク集団である。非悪性疾患では、高用量ステロイド加療が重症化リスク因子となる。悪性疾患では特に、リンパ性疾患のリスクが高い。ステロイドを含む化学療法や寛解未達成(再発難治例)が有意なリスク因子である。新型コロナワクチン接種後の抗体価が低値としても、T細胞免疫賦活の効果が期待できる。今後、早めのブースター接種が望まれる。
【リンク】いずれも2022年2月24日アクセス
◎厚生労働省. “第34回がん検診のあり方に関する検討会. 資料1-5「新型コロナウイルス感染症によるがん検診及びがん診療などへの影響」”
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_23760.html
◎日本肺癌学会. “新型コロナ感染症(COVID-19)が肺癌診療に及ぼす影響調査結果.”
https://www.haigan.gr.jp/modules/covid19/index.php?content_id=4
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本島玲子(もとじまれいこ)
「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。
医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。