22年2月17~19日の3日間、第19回日本臨床腫瘍学会学術集会がハイブリッド形式で開催された(会長:大江裕一郎国立がん研究センター中央病院 副院長/呼吸器内科長)。ここでは前回に引き続き、初日に行われた日本癌学会、日本癌治療学会との合同シンポジウム『COVID-19流行のがんマネージメントに及ぼす影響』の内容を、テーマ別に整理し紹介する。


(3)がん患者における抗体価の変化

■抗S抗体と抗N抗体を測定


 吉田達哉氏(国立がん研究センター中央病院呼吸器外科)『がん患者におけるSARS-CoV-2抗体価の変化』と題し、がん患者における抗新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)抗体の変化について、国立がんセンター(NCC)での測定結果を中心に報告した。


【抗体検査の意義】COVID-19に罹ると約2週間後から抗体価が上がり、その後、IgGは長期間持続し、IgMは下がる。この推移は一般的なウイルス感染と同様である。

米国CDCによる「SARS-CoV-2抗体価アセスメントの要点」では、抗体価は既往感染を示すものであり、パンデミックのモニタリングや対策上、公衆衛生学的意義があるとしている。一方で、急性感染の判断、ワクチン接種後のSARS-CoV-2に対する免疫の評価、非接種者におけるワクチンの必要性の評価、濃厚接触者の隔離の必要性の決定などへの利用は、今のところ勧められないと注意を喚起している。

ただ現状で抗体の変化は、感染やワクチン接種後の免疫反応を知る重要な手がかりのひとつである。また、NCCではシスメックスと共同開発した抗体検出試薬を用い、スパイクタンパク質(S抗原)およびヌクレオカプシドタンパク質(N抗原)に特異的に反応する抗体(S-IgG、S-IgM、N-IgG、N-IgM)を個別に検出し、定量している。既存のmRNAワクチンは基本的にスパイクタンパク質をコードしているため、抗S抗体と抗N抗体を測定することで、ワクチン接種および既往感染の有無を判別できる。



■がん種や直近の治療が抗体量に影響

 

【NCCでの検討と背景】がん患者と健常人の抗体保有率を比較した大規模研究は世界でも少ない。がん治療と抗体量の関連も十分にわかっていない。そこで、20年8~10月、当院に通院中のがん患者500名および健常人としてNCC職員1,190名の協力を得て、SARS-CoV-2の抗体保有率と抗体量を測定した。

 がん種の内訳は、固形がん489名(肺がん84、原発性脳腫瘍75、乳がん66のほか、膵・食道・頭頸部・大腸がん、肉腫、悪性黒色腫など)、血液がん11名。

 研究参加1ヵ月以内に何らかのがん治療を受けていた患者は355名(71%)。がん治療の内訳は、外科手術35名(患者500名の7.0%)、放射線治療24名(4.8%)、細胞障害性抗がん剤204名(40.8%)、分子標的治療薬92名(18.4%)、免疫チェックポイント阻害薬44名(8.8%)だった。


【抗体保有率と抗体量:NCC】研究参加以前にCOVID-19に罹患していた6名(患者3、健常人3)を除外し抗体保有率を調べたところ、患者0.4%、健常人0.42%でいずれも低く、差はなかった。ところが、抗体量(SU/mL)を比較すると、患者は健常人より低く、年齢・性別・合併症の有無・喫煙歴などの因子を調整しても有意な差を認めた。


【がん患者の抗体量に影響を与える因子:NCC】参加1ヵ月以内に細胞障害性抗がん剤投与を受けた患者は抗体量(N-IgG)が有意に低く、免疫チェックポイント阻害薬投与を受けた患者は抗体量(N-IgG 、S-IgG)が有意に高かった。一方、外科治療や放射線治療の有無による抗体量の差は認められなかった。


【ワクチン接種後の抗体価の変化:海外報告】ファイザーのmRNAワクチンを2回接種後の抗体価を調べた研究によると、薬物治療を行った固形がん患者でも90%は抗体を保有(陽転化)し、健常人と差がなかった。しかし、抗体価は患者が有意に低かった。

 別の研究では、免疫療法・化学療法・免疫化学療法を行ったがん患者でも、モデルナのmRNAワクチンを2回接種後、ほぼ全ての患者で抗体は陽転化した。ただし、化学療法施行患者では若干低い人がいた。また、健常人は1回目接種後から抗体価が上昇するが、化学療法施行患者では2回接種後にようやく上がるとの報告もある。さらに、固形腫瘍と造血器腫瘍を比較すると後者が低い、また抗CD20モノクローナル抗体投与患者で低い、との研究もある。


【まとめ】がん患者の抗体価は健常人と比べて、ベースライン時も低く、直近の治療法の影響を受ける。造血器腫瘍の患者、化学療法施行患者や抗CD20モノクローナル抗体投与患者では、抗体価が有意に低くなる。こうした差が臨床に与える影響については、今後検討の必要がある。3回目のワクチン接種が、がん患者の抗体価や細胞性免疫に与える影響については、現在NCCで検討中である。


(4)遺伝統計学からみた重症化因子

■感染でなく重症化に関与


 遺伝統計学は、遺伝情報と形質情報の結びつきを統計学の観点から評価する学問だ。岡田随象氏(大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学)『新型コロナウイルス感染症におけるホストゲノムの関わり』と題し、感染症の発症・重症化リスクの個人差に関与する遺伝的背景(ホストゲノム)を解説した。


【研究の背景と枠組み】2000年代後半以降、世界中でゲノムワイド関連解析(GWAS)が精力的に実施されてきた。感染症領域では、結核、ハンセン病、HIV感染症、非定型抗酸菌症などで、ホストゲノムの感染・重症化への寄与が解明されている。

 COVID-19に関しては、米国Broad Instituteを中心に、「COVID-19 Host Genetics Initiative」が迅速に結成され、オープンな国際共同研究が実施されてきた。日本では2020年5月、慶應義塾大学を中心に大学や医療・研究機関の有志が結成した「コロナ制圧タスクフォース」が、アジア最大のグループとして同イニシアチブに参加。既に感染者5,000名のゲノム・RNA・血漿・臨床情報を収集。日本人集団における重症化因子の解明や治療法の開発を目指し、多岐にわたる活動を行っている(演者らは遺伝子データの解析を担当)。


【感染症ホストゲノム解析の課題】ケース群とコントロール群の設定は難しい。そこで、国際的な解析プロトコール作成時は、①「最重症者vs一般集団」、②「入院患者vs一般集団」、③「感染者vs一般集団」、④「入院患者vs入院患者(患者内の層別化解析)」を比較し、①②の検出力が高いことが明らかになった。おそらく「感染するか否か」は遺伝的背景よりむしろ感染機会に依存し、「感染後に重症化/入院するか否か」にホストゲノムの貢献が大きい可能性が示唆された。


【成果例:3番染色体ケモカインレセプター領域変異】上記イニシアチブで、COVID-19入院患者約6,500名、対照群約101万人を対象に、感染者の重症化リスクに関するGWASを実施。その成果のひとつとして、3番染色体のケモカインレセプター遺伝子領域が、オッズ比2程度の強い重症化リスクを有すると分かった。

 また、9ヵ国17コホートから成る約13,000名のCOVID-19患者の解析の結果、この変異は若年者(60歳以下)に多く分布し、60歳超よりは60歳以下で重症化リスクが高かった。若年者の中では重症化例に限ったときに、この変異の影響が大きかったことが想定される。

 この変異は欧米人や中央アジア人集団には存在するものの、東アジア人集団には存在しない。この変異がのっているハプロタイプはネアンデルタール人由来との報告がある。人類がアフリカを出てユーラシア大陸を移動している間に、変異が部分的に統合されたのかもしれない。

 しかし、この変異では日本人集団におけるCOVID-19重症化の個人差を説明できないため、日本人のホストゲノム解析が不可欠と考えている。


■血液型との関係解明は継続課題

 

【成果例:ABO式血液型との関連】赤血球のABO式血液型は、9番染色体上の遺伝子配列の個人差で決まる。欧米人集団のCOVID-19重症者のGWASが初めて行われた際、ABO遺伝子領域の重症化リスクが報告され、A型におけるリスク上昇が示唆された。

 日本人集団での重症化リスクを検討したところ、A型・B型ではほぼ不変であったのに対し、O型は0.8倍と低く、AB型は1.4倍と高かった。ただし、日本人集団は世界でもAB型の頻度が最も高く、検出力が増した可能性はある。また、この差異について、血球の凝集性や各血液型が持つ抗体と関連づける仮説はあるが未解明である。


【今後の課題:HLA遺伝子型】血球の血液型は6番染色体上のMHC領域に位置するHLA遺伝子のゲノム配列の個人差で決まり、パターン数が著しく多い。HLA遺伝子型は、パンデミックの初期に重症化リスクとの関連を示唆した報告もあったが、その後のメタ解析では有意な関連が見出されていない。ただし、ワクチンへの応答性に関与するとの報告もあり、さらなる研究が必要である。


(5)シンポジウム視聴を振り返って

 このシンポジウムでは6題の講演が行われた。『がん検診・診療の影響』について、「がん検診・受診者数」は20年4~5月に減少したものの、その後回復。20年の「院内がん登録数」は16~19年平均に比べ1.4%減にとどまったが、男性は胃と大腸、女性は乳房・胃の減少が目立った。20年の「主要20外科手術数」は18~19年に比べ15%減り、感染程度の高い地域では「症状がない疾患や緊急性の低い手術数」の減少が顕著だった。肺がんでは、COVID-19患者受け入れ数の多い公立病院等で「新規に原発性肺がんと診断され治療を受けた患者数」が減少し、治療法別では「化学療法施行例数」が2割減少した。

『クラスター発生予防と高リスク群の管理』に関しては、入院前患者に対するスクリーニングと職員の健康状態把握を徹底して「予期せぬCOVID-19発症」を阻止する取り組みが紹介された。また、「ハイリスク集団としての血液疾患患者」に注意が喚起され、非悪性・悪性ともにステロイドを含む化学療法が、悪性では寛解未達成が重症化のリスク因子とされた。

『がん患者における抗体価の変化』について、患者の抗体保有率は健常人と変わらないが抗体量が少ないこと、造血器腫瘍患者や化学療法施行患者で抗体価が低いことが指摘された。ただし、抗体価の低い患者でも、治療との兼ね合いを考慮しつつワクチン接種を行うべきとの見方は一致している。

『遺伝統計学からみた重症化因子』では、日本人のいわゆる「Xファクター」といった曖昧な感覚でなく、GWASを駆使した研究で、宿主ゲノムと重症化との関わりを解明できる可能性が示唆された。


【リンク】いずれも2022年3月1日アクセス

◎国立がん研究センター(2021年6月2日付プレスリリース). “がん患者さんの新型コロナウイルス抗体の保有状況とがん治療と抗体量の関連について.”

https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2021/0602/0602.pdf

◎コロナ制圧タスクフォース.

https://www.covid19-taskforce.jp/

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。