コロナ禍以降、厚生労働省(以下、厚労省)が関連するニュースを見る機会が激増しているが、厚労省が関係している分野は幅広い。医療、介護、年金、労働……さまざまな国民生活に関わっている。
『厚労省 劣化する巨大官庁』は、歴史、所管する仕事や進め方、組織、人事・働き方といった観点から、〈国家予算の3分の1を使い3万人超の職員が働く〉巨大組織を解説した1冊である。
2001年1月、中央省庁の再編に伴い旧厚生省と旧労働省が統合したときには、少々違和感があったが、そもそも労働省は1947年に厚生省の労働局が分離したもの。昨今は高齢者の雇用や所得と年金支給、医療費・介護費の負担割合といった問題が絡み合うことも多い。厚生系と労働系の垣根は今も高そうだが、ひとつの省にしておく意義はある。
では、どれだけ大きいか?
本書の数字を拾ってみると、2021年度は、政府の一般会計の歳出106兆6097億円のうち、社会保障分野の予算額は35兆8421億円(全体の33.6%)と省庁で最大である。
年金や医療、介護の財源には個人や企業が負担する保険料が含まれるため、社会保障給付費全体では126兆8000億円(20年度、予算ベース)にもなる。
国家予算を超える金額である。
もっとも、社会保障費用の金額は大きいものの、〈官僚が新たな政策を考え予算を使う政策的経費と言われる分野は実はあまり広くはない〉という。
■薬剤師の意外な進路「麻薬取締官」
厚労省がカバーする分野は広いが、以下、読者の関心事である医療・医薬系を中心に気になったポイントをあげる。
省庁別の一般職の職員数では4位の3万1518人(うち約4000人が本省)。事務官の採用や昇進は基本的には、通常の国家公務員と同様だが、特徴的なのは約330人という「医系技官」の存在だ。医師は臨床経験が必須で、主に医療系に配属される。
国家公務員は副業禁止が基本だが、実は〈医系技官は入省後も勤務時間外に臨床現場での診療業務が認められている〉という。医療現場のナマの声、医療ニーズの変化を把握するうえでも、医系技官が現場に出る意味はある。
薬剤師資格を持つ人には、薬系技官に加えて麻薬取締官という選択肢もある。薬物犯罪にかかる捜査に加わるとい仕事は、薬学部の出身者にとっては“変わり種”の進路といえそうだ。看護師資格を持つ看護系技官、獣医師資格を持つ獣医系技官の存在は本書で初めて知った。
厚労省に関係する政策決定のプロセスでは「審議会」の存在も大きい。審議会は〈大臣に聞かれた事項について意見を述べる〉のがオフィシャルな位置づけで、御用学者と思しきメンバーが選ばれたような審議会もあるが、厚労省の思惑どおりにならないものある。
医療・医薬関係者が注目する「中央社会保険医療協議会」(中医協)は“ガチンコ”だ。〈利害が対立する委員が本気で議論する審議会〉である。
関係者の対立で“崩壊”したのが、2013年に設置された「医薬品ネット販売検討会」。当時、関係する企業のトップが怒りのコメントを発していたのは強く印象に残っているが、〈議論がまとまらず対立意見の応酬に終始し議長役の座長もさじを投げる〉という始末だったという。
サリドマイド、スモン……。かつて医療・医薬関連で厚労省も関係した不祥事は少なくない。比較的近いところでは、1980年代に発生した薬害エイズのインパクトは大きかった。
原因判明後の対応から〈被害が懸念される段階、原因が必ずしも確定していなくても規制を実施する「予防原則」〉への転換。そして、非公開だった審議会が原則公開となる契機となったという。
足元ではコロナ禍対応に追われている厚労省。感染症対策の再構築はもちろんのこと、中長期の課題も大きい。
65歳以上の高齢者の人口は2042年にピークの3935万人に達すると見られている。その頃、社会保障の給付費は全体で約190兆円と現在の約1.5倍となる。高所得者の費用負担の問題や医療機関の再編、保険のカバー範囲といった対策もさることながら、医療・介護に関しては〈それを支える人材確保〉は大きな課題である(しかも、ピークをむかえた後は減っていくだけに、かじ取りが難しい)。
激務で知られる厚労省の懸案は尽きない。サブタイトルに〈劣化する巨大官庁〉とあるが、組織自体が劣化したというより、対応する課題の大型化、多様化、複雑化のスピードが速く、“相対的に劣化”したという印象を受けた。
「働き方改革」を主導しながらも、自らが“ブラック職場”という状況を脱するのは少々先になりそうである。(鎌)
<書籍データ>
鈴木穣著(新潮新書902円)