フィールドワークでは、研究対象があるところに研究者の方から出向いて調査するわけだが、その行き先が外国である場合も多い。外国なら日本から飛行機で現地まで行くが、これが観光旅行のように楽しく空旅というわけにはなかなかいかない。ビザの問題、経路の問題、荷物の問題、治安の問題、グループのメンバーの体調管理の問題、そして費用の問題、などなど、油断できない問題が連続して出てくるのである。パッケージツアーで旅行会社が全部手配してくれる旅に慣れていると、まったく想像も出来ない様相である。


 それでも、30年ほど前に比べれば、近年は至極楽になった方である。なんせ、日本のパスポートはおそらく世界一強い(信用度が高い)ので、近年ではどこの国もパスポートさえ持っていけば入国できる場合がほとんどで、入国のためにビザをあらかじめ取得しておく必要がない。しかし、15、6年前までは、現地調査に出ると決まれば、次の瞬間に取り掛かるのが、ビザを得るための招聘状を入手すること、すなわち、現地研究者との連絡だった。


 今は地球の裏側にいる研究者とも、瞬時に電子メールで連絡できてしまうが、30年ほど前までは国際郵便が主たる通信手段で、一往復の連絡にも短くて2週間、場所によっては1ヶ月超程度かかっていた。やがてファクスも使えるようになったが、機能的には十分ではなかった。そういう時間とお金がかかる手段で連絡を取って、訪問者全員の氏名やパスポート情報と、招聘責任者の直筆サインが入った招聘状を郵送してもらって、それを添えてビザを申請する。旅行代理店を通じて取得できる場合もあったが、取り扱いがなくて、東京エリアにある大使館まで、筆者がグループ全員のパスポートを持参して申請したこともしばしばあった。


 いずれも、申請してからパスポートにビザがくっつけられて返却されてくるまでにかかる日数は長く、出発の前日の夜に受け取りにいったことも何度かある。我々が当時薬用植物の調査のために出かけていた先の国は、普段から日本とヒトやモノがたくさん行き交うような国ではない場合が多く、こういう面倒な手続きを経てビザをとっておかなければ入国できず、ましてや、国内を自由に移動したり、田舎町で現地の人にインタビューしたり、研究材料を採取したりすることもできなかった。(現在では国際的な条約が整備されて、資源やそれにまつわる情報等については、利用するにあたっては、現地研究者を介して相手国と決められた書面のやりとりをしておかないと、研究目的とはいえ、何も自由にできない環境となっている。ビザとは関係なく、煩雑な手続きが必要である)。



 こうして調査に行くたびに、パスポートにビザが付けられる。ビザは、1990年代は多色スタンプ(ハンコ)に大使のサインが記入されたもの、が多かったように思うが、その後、シール式が多くなった。パスポート1ページ分の大きなシールがビザとして貼られ、そこに有効期限や大使のサインなどが書き込まれたり印刷されたりしているものである。どこの国もカラフルなシールで凝った模様のものが多く、見ているだけでも結構楽しい。たくさんのビザがパスポートに貼り付けられていくと、だんだん残りのページが乏しくなっていくとともに、パスポートに厚みがでてきて、なんだかかなり貫禄のあるパスポートになっていく。


 日本の出入国の際にも必ずハンコが押されなければならない時代だった(今は自動化ゲートを使うと、ハンコは押されない)ので、調査に出る回数が多いと、まるまる1ページ使うビザと、出入国スタンプで、どんどんパスポートのページが消費され、余白がなくなっていく。パスポートの期限切れと、パスポート余白ページがなくなるのとどっちが先だろう、という頃に、ビザなしで出入りできる国が増え、日本では自動化ゲートが普及し始め、ページの消費を抑えるために自動化ゲートばかりを使うようになった、などという話もある。

 パスポートに多様な国のビザがべたべたとくっついていると、入国審査の際の係官が、図鑑を見るような目つきでページをひとつひとつ繰って、じっくり眺めていることがしばしばあった。中央アジアの国々のビザは、ソ連が崩壊した後、独立した国々で、新しい国々だったので珍しかったのではないかと思う。また、イギリスでは、ターバンを頭に巻いた入国審査の係官が、筆者のにぎやかなパスポートをパラパラとめくったあと、急に顔をしかめて筆者のパスポートを持ったままブースを離れ、上役と思しき人物のいるところへ行き、なにやらすごい剣幕でまくしたて、でもその上役はパスポートの表紙をちらっと見た後、めんどくさそうに手を振って、その係官を追い払い、というひとこまがあって、ずいぶん待たされた。結局は何も問われずにスタンプが押され、入国できたのだが、筆者のパスポートについていた、どれかの国の使用済みビザが、あの係官に疑義照会をすべきと思わせたのだろうか。ウズベキスタン、カザフスタン、イラン、中国、台湾、ベトナム、タイ、ラオス、ヨルダン、などなど、ビザはたくさんあったので、特定の国のビザではなくて、「スパイか何か怪しい人物と思われたんじゃない?」と同行者には冗談半分からかわれたものである。


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伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。