ウクライナ軍の必死の抵抗と西側諸国の経済制裁が効果を上げ始めたのか、ここに来てロシアの手詰まりや和平交渉での歩み寄りが報じられるようになってきた。今週のニューズウィーク日本版は、そうしたウクライナ危機の現況を多面的に論じていて読み応えがある。
例えば、『元CIAが分析するプーチンの心理と論理』。旧ソ連の崩壊時にCIA工作員だったというコラムニストの筆者は今回のウクライナ危機を、ソ連時代の「栄光」復活という野望に取りつかれた元KGB工作員・プーチンによる《怒りと孤立がもたらした》事態だと分析する。米国ブッシュ大統領にかつて「ウクライナは国ですらない」とまで言い放ったプーチンから見れば、このエリアは《ロシアとアメリカのどちらかの影響下に入るしかない》「運命」だったというのである。
かたや米国やNATOは「主権平等」というリベラルな価値観を絶対に譲らない国々だ。《この世界で最も危険なのは、筋金入りの「信者」だ。彼らは不完全さや曖昧さを受け入れない》。プーチンの側は力をこそ信頼する冷徹なリアリズム、欧米はリベラルな規範主義をそれぞれ絶対視する「信者」であり、2つの価値観は容易には交わらない。筆者はそう主張する。
確かに小国ウクライナの予想外の善戦は、かつてなく一致団結した西側諸国による「支援の熱情」に支えられ、補給や資金に難のあるロシアの大軍をその点では圧倒する。「リベラリズムの砦」というゼレンスキー大統領の巧みな自己演出が、西側諸国の「心」をこれまでになく奮い立たせたのだ。
一方で、うがった見方かもしれないが、さすがにここまでの急激な支持拡大には、「自由」や「民主主義」という旗印だけでなく、ウクライナが白人のキリスト教国であるという利点も大きいように見えてしまう。金髪碧眼の女性や子供たちの悲劇――。そんな「見え方」の力である。同誌の『世界を揺さぶるウクライナ400万人難民』というルポで、アフリカ系・アジア系のウクライナ在住者が逃避行のなかで体験したあからさまな差別について読むと、ことさらその皮肉を痛感する。
記事によれば、SNSで拡散する動画には、列車への乗車を拒まれる黒人の人々や《列車に乗ろうとしている黒人の少女をウクライナ兵が押しのけて白人の少女を乗せていると見られる様子、氷点下で赤ん坊にミルクを飲ませている黒人女性など、国境検問所での醜悪な場面》が多々見られるという。ポーランドやハンガリー、ブルガリアへの入国に際しても、有色人種の避難者には露骨な待遇差があるらしい。
改めてさまざまな思いが湧く。今回の危機の結末次第では、核大国の横暴に国際的な結束で勝利する貴重な前例が誕生する。とくに中国の脅威にさらされる東アジアには、そんな期待があるのだが、白人国でない国の紛争にも、今回のような「世界の憤激」は果たして生まれるのか――。
さらに言えば、中国と日本の衝突に欧米の国々は「リベラリズムの危機」を感じるか、という理念の部分にも懸念がある。ゼレンスキー演説の「真珠湾発言」で、日本のネット世論にここまでブーイングが沸き起こると、歴代の首相や天皇から公的には「先の大戦への反省」が発信されてきたが、実は日本には大日本帝国を肯定する感覚がいまだに根強くある、と「見透かされる」展開が不安になる。肌の色の違いを云々する以前に、そもそも西側の普遍的価値観を共有するかどうか、という点で、距離感を持たれてしまっては、今回のような国際的団結は到底望めない。独自の歴史観を強固に主張する「歴史戦」を唱える人々は、大ロシアの歴史に固執するプーチンの孤立を見ていま一度考えてみてほしい。
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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。