身体拘束、虐待、薬づけ、科学的な根拠に乏しい……。かねて精神科医療の課題はあれこれと指摘されてきた。その現場を丹念に取材しまとめたのが『ルポ・収容所列島』だ。


 なかなか刺激的なタイトルだが、取り上げられる実例はまさに“収容所”。


「医療保護入院」は精神保健福祉法が定める強制入院制度のひとつで、本人の病気の進行を防いだり、症状を改善するための「保護」が本来の目的だ。ただし、制度に不備がある。


 本人の意思とは無関係に、家族など“1人”の同意と“1人”の精神保健指定医の診断があれば入院させられるため、悪用されるケースがあるのだ。入院させるのに、だまし、強制移送と何でもあり。


 例えば、本書に登場する、DV夫のたくらみで3ヵ月間も医療保護入院させられた妻。なんの精神疾患もない人間が、強制的に入院させられていく様は、サイコホラーばりの現実だ。医師もたくらみに乗ったのだろう。


 同様のケースは極めてレアというわけではない。DV被害者支援と加害者更生に取り組む団体には、〈離婚を有利に進め子どもの親権を得るために、この医療保護入院が悪用される事例の相談は、ほぼ切れ間なくコンスタントに寄せられる〉と語っている。


 医療保護入院では、携帯が取り上げられ、外部の友人・知人・親族との連絡が取れなくなるケースもある。テレビや読書が禁止になることも。こうした状態が長期化すれば、逆に社会復帰が難しくなるはずだ。なんの問題を抱えていない人でも、心を病む可能性もある。


 1990年代後半からこの医療保護入院は右肩上がりで増え続けており、ここ20年ちょっとで約3倍。高齢化に伴う認知症患者が増えているのだろうか? それにしても、日本の平均在院日数265日は、数十日程度の他の国と比べて突出して長い。


 介護の業界では、2000年から身体拘束は原則禁止されている。しかし、精神科病院の世界では、拘束が当たり前に存在している。精神科専門病院の松沢病院が「身体拘束の最小化」を打ち出すと、それが話題になるほどだ。〈多くの精神科病院では、患者の安全を守るためには身体拘束が必要という見方〉が定着しているからだろう。


 おまるやおむつへの排せつの強制、32日間連続拘束……。身体拘束の体験談には人間の尊厳を冒すものも多い。すべての拘束が本当に必要なのか? 患者の症状改善に資するのか? 改めて“業界の常識”を問い直す必要がある。


■大人の意向で子どもを「薬漬け」


 以前から精神科医療の薬が問題に発展するケースは多々あった。本書でも「薬漬け」の実態を丹念に取材している。


 驚いたのは、子どもの薬物依存をレポートした第5章だ。児童養護施設の職員たちが入所する児童を精神科に連れていく、学校の教師が発達障害の診断を促す……。これがきっかけとなり子どもが向精神薬を服用するようになる。


「コンサータ」、「ストラテラ」、「エビリファイ」、複数の漢方薬と次々に薬が追加されていく子ども。明らかに精神科医に問題ありという状況だ。薬剤師による〈疑義照会は形骸化している〉とは、このサイトの読者には、言うまでもないかもしれない。


 データで見ても、〈13~18歳が使用するADHD治療薬の処方割合は、2002~04年と2008年~10年の比較で2.5倍〉〈2017年に塩野義製薬が発売したADHD治療薬の「インチュニブ」は、2017年の売上高19億円から、2020年には131億円まで伸びている〉。


 昔なら「落ち着きがない」「少し変わっている」で片付けられた子どもたちが、親や教師など大人の意向で薬漬けにされているとしたら悲劇である。

 

 全体を通して感じたのは、医療機関の多くが情報公開に消極的(精神科医療に限った話ではないが……)なことと、犯罪に手を染めた医師に対する処分が思いのほか軽いことである。情報なくして実態は把握できないし、消費者やメディアの監視も行き届かない。処分が軽ければ、同一人物による事件の再発も起こり得る。


 実のところ、日本の精神医療制度は、1968年WHO(世界保健機関)に、1985年国連調査団に、さまざまな問題点を指摘されている。にもかかわらず、世界の5分の1を占める精神病床、人権を無視した精神医療制度を温存してきた。


 優生手術、患者の民間移送業者、抗精神病薬の多剤併用処方、市販薬の乱用……ほかにも精神科医療の暗部が多々登場。“世界に冠たる医療”の深い闇を知るには格好の一冊である。(鎌)


<書籍データ>

ルポ・収容所列島

風間直樹、井艸恵美、辻麻梨子著(東洋経済新報社1760円)