インスリンによる治療が世界で最初に行われたのは、バンティングとベストによる発見の翌年にあたる1922年。患者は、カナダのトロント総合大学に入院していた1型糖尿病少年だった。100年後の現在も、1型糖尿病にはインスリンが絶対的適応となる。また、2型糖尿病でも著明な高血糖(例:空腹時250mg/dL以上、随時350mg/dL以上)がある場合や、経口血糖降下薬のみで良好な血糖コントロールが得られない場合は必要となる。

 インスリン製剤は強力な血糖改善効果を期待できるが、最大の課題は低血糖だ。重症になると、短期的には意識障害や脳の障害をもたらす。また、低血糖時の不整脈や血管収縮、中枢神経系機能への悪影響を繰り返すと、長期的には虚血性心疾患や認知機能障害などのリスク増大をもたらす可能性がある。


■血糖トレンド「見える化」の進歩


 インスリン療法を行う患者が、自分の血糖変動を把握し、低血糖を回避する手段として、血糖自己測定(SMBG)、リアルタイム持続グルコース測定(rtCGM)、間歇スキャン式持続グルコース測定(isCGM、通称FGM)がある。

 SMBGはわが国で1981年にインスリン自己注射が保険適用となった後、1986年に保険適用となった。簡便で最も広く行われているが、測定時以外の血糖変動は把握できず、低血糖や高血糖に対する事前の対策には活用しにくい。

 一方、約20年前に登場したCGMは、細胞間の間隙を満たす間質液中のGlc濃度を測定する。血中のGlcは、末梢では毛細血管から間質液を介して個々の細胞に取り込まれ、利用される。血中と間質液中のGlc濃度は相関性が高いがタイムラグが生じる可能性があり、前者は「血糖値」、後者は「グルコース値」として区別されている。

 CGMのうち、rtCGMは継続的に自動測定した変化を線状のグラフとして常時機器上に表示する。測定結果からGlc値の大きな変動を予測しアラートする機能がある。ただし、患者が「アラート疲れ」せずに活用できるよう話し合って閾値を設定し、アラート時の対応を指導しておく必要がある。rtCGMは医療者が保有し、十分な指導体制と患者自身の理解が欠かせない。使用する施設の基準があり、実務担当者は日本糖尿病学会が行うe-learning受講が必須となっている。



■技術が生きる患者・状況は


 第3のツールisGGMは、患者が操作を行ったときだけ、現在と過去のGlcの変動を確認できる。現在国内で利用できる機器は、FreeStyleリブレ(アボットジャパン)のみ。2016年5月に「SMBGを補助する医療機器」として製造販売承認を取得し、17年1月に発売された。


【保険適用対象の拡大】19年4月には薬事承認内容が一部変更され、使用目的は「必要に応じてSMBGを併用しながら、糖尿病の日常の自己管理に用いる医療機器」に。20年4月からは、本品を中心に血糖変動を把握し、必要に応じてSMBGを実施して血糖管理を行う場合には、保険請求上「C150-7 間歇スキャン式持続血糖測定器によるもの」の枠組みの中で運用可能になった。加算可能なのは、糖尿病治療に関する専門の知識と5年以上の経験を持つ医師が(またはその指導下で)血糖管理を行った場合。適用患者は1型、2型を問わず、「入院中の患者以外の患者」で「強化インスリン療法を行っているもの」または「強化インスリン療法を行った後に混合型インスリン製剤を1日2回以上使用しているもの」に限定されていた。その後、22年4月に、上記「C150-7」の対象者は「入院中の患者以外の患者」で「インスリンの自己注射を1日1回以上行っているもの」に拡大された(保険点数1,250点)。


【機器構成】FreeStyleリブレは①使い捨てセンサーと②読み取り装置(Reader)からなる。①は通常、上腕の後ろ側に装着。表皮から挿入したフィラメントを介し、皮下間質液中のGlc濃度を1分ごとに測定し記録する。手のひら大の②は、センサーに当てるとデータを読み取り、その時点のグルコース値と過去8時間のトレンド(矢印表示含む)を画面表示し、15分ごとの代表値を最長14日間記録する。②の代わりに、FreeStyleリブレLink(スマホアプリ)も利用できる。


【継続使用が考慮される患者像】日本糖尿病学会(JDS)は、「インスリン療法でも血糖変動が大きい患者」「生活が不規則で血糖が不安定な患者」「スポーツや肉体作業など活動量が多く血糖が動揺しやすい患者」「低血糖対策の必要度が高い患者」を挙げている。


【短期的または間歇的に使用する患者像】JDSは、「インスリンを新規に開始する患者」「治療内容の変更(薬剤の追加・変更、用量の増減など)を行う患者」「食事や運動などが血糖に及ぼす影響を理解させて生活習慣改善に向けて教育的指導を行いたい患者」「手術や歯科処置などで短期間に血糖を改善すべき患者」「シックデイの場合」などを例示した。


 さらにJDSは、本品の利用によって得られる膨大なデータの解釈や臨床判断や、指導を適正に行うためにはチーム医療が重要との考え方を示した。



■健康な人と変わらない人生を目指す


 今年4月1日からの保険適用拡大に先立ち、アボットジャパン合同会社は、メディアセミナーを開催。小川渉氏(神戸大学大学院医学研究科 糖尿病・内分泌内科学部門教授)が、『糖尿病治療が変わるー技術が可能にする新しい糖尿病管理』と題した講演を行った。

 小川氏は、「インスリン治療とその課題」として、2型糖尿病患者でみられる重症低血糖の原因薬剤は6割超がインスリンであり、インスリン群でもスルホニルウレア薬群でもHbA1cに依らず重症低血糖が起こっていること(いずれも2014年度 JDS調査)、低血糖は日中より夜間により多く起きていること(海外報告2報)を紹介。HbA1cやSMBGによる低血糖対策の限界を指摘した。

 その点、血糖推移を点でなく連続した線として把握できるCGMの登場は、従来気づかれていなかった高血糖や低血糖を直観的に把握することで、患者自身のより良い治療行動につながった。また、血糖変動が動脈硬化性疾患の予測因子になり得ること、日中より夜間の低血糖が不整脈の原因となることがわかってきた。

 FreeStyleリブレの臨床エビデンスについては、「1型×インスリン頻回注射(1日3~4回)」「2型×インスリン頻回注射」「2型×インスリン非頻回注射(1日1~2回)」「2型×インスリン治療非実施(経口血糖降下薬)」と病型・治療別に行われてきた国内外の臨床試験(IMPACT試験、REPLACE試験、SHIFT試験ほか)のデータを提示。「低血糖の減少」「血糖コントロールの改善」「急性糖尿病関連イベント(入院または救急外来患者)の改善」「原因を問わない入院の改善」「患者QOLの改善」などの知見が得られたことを紹介した。

 糖尿病の治療は、さまざまな合併症の抑制だけでなく、「糖尿病を持たない人と変わらない寿命、人生を送れるようにすること」を究極の目標にしている。小川氏は、この目標にisGGMが貢献するのではないかと、期待感を示した。


 英国国立医療技術評価機構(NICE)は17年、FreeStyle Libreについて、文献レビューとともに専門医や患者団体の意見を聴取し、技術の革新性と、侵襲性がより低いモニタリング法の登場を高く評価した。一方で、患者団体の「十分なベネフィット得るためには、医療者とユーザー双方の教育と訓練が必要」とのコメントも記載している。医療者は、ただ「こんな便利な機器が使えますよ」と勧めるだけでなく、宝の持ち腐れにならないよう、患者目線での支援がますます求められる時代になってきている。


【文中略号】

SMBG:self-monitoring of blood glucose

CGM:continuous glucose monitoring

rtCGM:real time CGM

isCGM:intermittently scanned CGM

FGM:flash glucose monitoring


【リンク】いずれも2022年4月11日アクセス

◎日本糖尿病学会 学会からのお知らせ. “間歇スキャン式持続血糖測定器(isCGM):FreeStyleリブレに関する見解(2022年4月1日改訂第4版)” “リアルタイムCGM適正使用方針(2021年12月16日改訂)”

http://www.jds.or.jp/


◎NICE. “FreeStyle Libre for glucose monitoring. Medtech innovation briefing (Published: 3 July 2017)”

https://www.nice.org.uk/advice/mib110/resources/freestyle-libre-for-glucose-monitoring-pdf-2285963268047557

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。