「ウチはがん家系だから気を付けないと」「父親が薄毛だから自分も心配」――。


 遺伝にまつわる話題は、定番の会話だ。これを日本人全体に拡張して、健康なからだ作りを考えたのが、『日本人の「遺伝子」からみた病気になりにくい体質のつくりかた』である。


 体質を決めるベースになるのが、“体の設計図”ともいえるゲノム。遺伝子はその一部だ。人の体の「生まれつき」の性質である。


 本書の冒頭では、ゲノム、遺伝子、DNAの違いを解説し、ゲノム・遺伝子が〈病気の「なりやすさ」にどう関与しているのか〉、民族や人種などによる体質の違いが生まれる仕組みといった基本的なポイントを説明する。


 2017年に日本人のゲノムを解読した結果によると、〈人種によるゲノムの違いは想像以上に多い可能性がある〉のだという。


 体質の違いとして、よく知られているのが、日本人の酒の弱さ。アルコールの〈分解力が低いタイプの遺伝子を持つ人が日本人には約44%、中国にも41%いるのに対し、欧州系とアフリカ系にはこういう人がまったくいません〉という。


「酒の弱さ」以外にも、日本人には、〈腸内細菌の遺伝子全体の約半分が日本人に特有〉、穀物の消化に有効な縦に長く釣り針のように曲がった胃の形状(ゲノムの違いに起因していると見られる)、乳糖不耐性(牛乳を飲むと下痢したりおなかが張ったりする)、内臓脂肪がつきやすい、高血圧と糖尿病になりやすい……等々、欧米人と比較して異なる特性が多々ある。


 なお、ゲノムを解析した結果、日本人、韓国人、漢民族など東アジアの人々は〈非常に近い関係〉にあったが、すべてが同じではない。〈母乳に含まれるDHAの濃度〉〈腸内細菌〉〈薬の効き方〉などに違いがあるという。


■低体重児が増加する日本の将来は?


 病気になりやすい体質でも、必ず病気になるわけではない。遺伝性乳がんのような例外も一部あるが、実のところ生活習慣や環境の影響は大きい。


 ひとつは生活習慣や環境の影響によるゲノムの変異。それが病気につながることがある。第3章では、そのメカニズムや生活習慣について解説している。悪い生活習慣といえば、酒、たばこ、肥満が定番だが、もうひとつ気をつけたいのが“男性”のストレス。


 ある調査で「ストレスが多い」と回答した男性は、〈肝臓がんになる確率が33%、前立腺がんが28%、膵臓がんも26%高い〉という結果だったとか。


 男性だけ?という疑問が残るが、確かにストレスで酒やたばこが増える男性は珍しくない。〈ラットを使った実験ではストレスにより染色体と遺伝子に異常が起きていて、その結果、遺伝子変異を修復する力が低下〉との報告もある。


 実はゲノムの“設計図”が一緒でも、体質が異なるケースもある。〈遺伝子には一つ一つスイッチがついていて、スイッチがオンになるかオフになるかで遺伝子が働くかどうか〉が変わるからだ。


 本書で「エピジェネティクス変異」と呼んでいる、遺伝子のスイッチのオン・オフは、生活習慣や環境で変わることもある。典型は、働きバチと女王バチ。ゲノムは同じなのに、サイズも寿命も役割が異なるのだ。


 この遺伝子スイッチ、〈とくに幼い時期は大きな変化が起きやすく、いったん切り替わるとそのまま長く残る〉傾向がある。第2次世界大戦中のオランダでは飢饉のため低体重で生まれた子が多かったが、〈成長したのちも心筋梗塞などの心臓病、動脈硬化、インスリンの効き目の低下、糖尿病による腎臓の機能障害、肥満、慢性気管支炎、乳がん、心の病気である統合失調症などの発生率が高く〉なったという。


 昔話と軽んじるなかれ。実は近年の日本では低出生体重児の割合かなり高い。OECD加盟国にロシア、ブラジルを加えた36ヵ国中3番目である。〈その原因と考えられているのが、日本人女性の出産年齢の高齢化とスリム志向〉。低出生体重児が10%近い状態が2005年頃から続いている。近い将来、日本人の疾病構造にも変化が出てくるのかもしれない。


 そして、このところ〈明らかになってきたのが、遺伝子スイッチのオン、オフが、そのまま子孫に伝わる可能性〉だ。悪い生活習慣が子孫にも影響を与える可能性もある。


 日本人の「遺伝子」からアプローチした本書だったが、運動、肥満を避ける、禁煙、節酒(できるなら禁酒が望ましいのだろう)、減塩、ストレスのない生活……、結局のところ、昔から言われている健康法に行き着いてしまった。(鎌)


<書籍データ>

日本人の「遺伝子」からみた病気になりにくい体質のつくりかた

奥田昌子著(講談社1100円)