日本のワクチン政策は、流行する感染症、ワクチン接種に伴う副反応や健康被害への対応に左右されてきた。欧米と比較して20年遅れているといわれたワクチン・ギャップが解消されつつある一方で、定期接種スケジュールの複雑化、新規技術の評価、接種機会の増加に伴う情報の氾濫など、対応すべき新たな課題も浮上。「費用対効果の高い保健介入」とされるワクチンが効果を発揮するには、医療者と国民の双方が、ワクチンの特性や成分、接種時期や回数、有効性と安全性について理解を深める必要がある。


 第125回日本小児科学会学術集会の分野シンポジウム6『新しい時代のワクチン』の中で、神谷元氏(国立感染症研究所実地疫学研究センター)は『ワクチン接種の副反応と課題:ISRRという概念』をテーマに講演。「ワクチン忌避」の実態と要因、世界保健機関(WHO)が提唱した「予防接種ストレス関連反応(ISRR)」について解説した。講演内容と関連資料をもとに、この2つのコトバを紹介する。


■ワクチン忌避と反ワクチンは別物


 「ワクチン忌避」は、「ワクチン接種環境が提供されているにもかかわらず、接種遅延または拒否が発生している状況」を指す。ワクチン忌避への対応は、接種率ひいては対象疾患の流行にも影響を与える。

 ワクチン忌避の程度や理由は一様ではない。つまり、「接種機会があれば必ず打つ」と「疑いもなく接種を拒否する(Vaccine Refuser)」という2つの対局の間の状態といえる。「受容するが迷いがある」人については、忌避というより「ワクチン接種へのためらい」が実態に近いかもしれない。

 また、Vaccine Refuserは、科学的なエビデンスや議論によって態度を変え、ワクチンを受容する可能性がゼロではないが、似て非なるのが「Vocal Vaccine Denier(VVD、声高に反ワクチンを唱える人)」だ。WHO欧州事務局は、「ワクチン接種に対して非常に否定的な態度を示し、いかなる科学的な根拠を示しても決して受け入れない人」と定義し、「科学そのものを否定する人や、宗教的・政治的狂信者に近い」とさえ述べている。一般的な接種拒否とは異なるものの、VVDがワクチン忌避者に影響を与える場合もあり、その言動に注意を払う必要があるとして、公の場での適切な対応について書類を作成した。

 WHOの予防接種に関する戦略的諮問委員会(SAGE)は、2014年の会合で、ワクチン忌避の要因を、信頼感(Confidence)、無頓着(Complacency)、利便性(Convenience)とした「3Csモデル」を提示している。ワクチン忌避者が迷いながらも接種して効果を納得できればよいが、副反応を経験して接種拒否に傾いたり、周囲にネガティブな影響を与えたりすることもある。



■ワクチン忌避の多様性


 「3Csモデル」の各要因の影響度は、各地域の医療・接種体制、そのときに流行している疾患、利用可能なワクチンの種類、ワクチンにまつわる出来事の有無などによって異なる。


 【コロナ禍以前の欧州の例】欧州疾病予防管理センター(ECDC)は2015年、EU圏の過去文献7,492件から、2005年以降に報告され主要データが揃っている29件を用いて、ワクチン忌避の決定要因を分析した。その結果、最も記述が多かった要因は「ワクチンの安全性への懸念」。次いで、その約3分の1の割合で、「情報の欠如」「医療機関への不信」「ワクチンが有効ではない」「(対象とする)疾患のリスク/重症度が低い」「(自分の)健康な身体状況」「医療上のニーズがない」などが挙げられた。3Csのうち「信頼感」「無頓着(疾病リスク等軽視)」が主な要因といえそうだ。

 神谷氏によれば、2019年にシドニーでワクチン忌避への実地対応力向上を目的としたワークショップが開催され、オセアニア・欧州・北米などの自治体・国・国際機関の予防接種担当者が、座学(理論の理解)や小グループでのロールプレイ、協議を行ったという。


 【コロナ禍での日本の例】日本は世界の中でもワクチンへの信頼感が低い国に位置づけられている。そこで、国立精神・神経医療研究センターなどの研究グループは、2021年2月に全都道府県から26,000人が参加する大規模インターネット調査を実施し、国際誌Vaccinesに発表した。

 分析した23,142人において、ワクチン忌避者は11.3%だったが、若年女性15.6%(15~39歳、n=531)から高齢男性4.8%(65~79歳、n=226)まで年齢・性別で大きなばらつきがあった。ワクチン忌避の理由として、7割が副反応への心配、2割が効果への疑問を挙げた。ワクチン忌避の割合が高かったのは、一人暮らし(補正後のオッズ比1.29、以下同)、所得水準(年間100万円以上600万円未満を1として100万円未満で1.78)、最終学歴(大卒を1として中卒1.19、専門学校卒1.29)、政府あるいはコロナ政策への不信感がある人(1.28と1.24)、重度の気分の落ち込みがある人(1.43)だった。

 著者らは、こうした傾向を念頭に置きつつ、ワクチンに対する信頼性が不適切な情報(例:副反応に関する根拠に基づかない情報など)によって損なわれていることや、接種に対しポジティブな感情を引き起こすメッセージ(例:地域や社会の健康と回復につながるなど)を増やすことが重要、としている。

  本報告について神谷氏は、「医療機関へのアクセスが良い日本では、世界でいわれている3要因のうち利便性の要素は少なく、信頼感の影響が大きい」と指摘した。



■ストレスで神経系を介した身体症状が


 WHOのワクチン安全性諮問委員会は、ワクチン接種後に有害事象が発生する要因として、①ワクチンの成分に対する反応、②ワクチンの品質の欠陥による反応、③ワクチンの不適切な取り扱いや接種方法の誤り、④偶発的な事象(紛れ込み)、⑤ワクチンの効果や安全性に対する不安や疑問に関連する反応を挙げている。

 このうち⑤に関わる概念が、予防接種関連ストレス反応(ISRR)、つまり「一部の人が予防接種を受けるときに感じるストレス反応として観察される多様な症状・徴候スペクトラム」だ。具体的には、接種前後の不安や恐れ、それをきっかけに生じる一連の痛み、恐怖症、身体症状などがみられる。ISRRは身近な人の状況や受け止め方、社会環境の影響を受けやすく、集団発生例もある。ストレスに対する反応は個人や集団によって大きな差があり、そのときの社会背景や文脈によって変わる。もともと「不安から生じる予防接種後の有害事象」という言葉が使われていたが、単なる不安症状では説明しきれず、国の予防接種計画に混乱をもたらす可能性もあることから、2019年にWHOがISRRを提唱。予防接種プログラム管理者や医療専門職が、発症予防・発見・対応に当たる際のマニュアルを公表した。


 マニュアルでは、生物学的・心理的・社会的な要因と時間軸によって、接種に関連した多様な反応への理解を促している。注目すべきは、実際に接種する時期に個人とその個人が属する集団の相互作用によって(ときに失神を伴う)血管迷走神経反射を含む急性ストレス反応が、接種後も解離性神経症状反応(DNSR)が生じ得ることだ。DNSRでは、不随意運動、歩行、感覚機能の喪失など責任病巣を同定できない症状を呈する例もある。

 神谷氏は、「(小児の場合)本人や家族が情報源として信頼しているのは医師・看護師などの医療従事者」「ISRRを防ぐには、予防接種に関わる全ての医療従事者が、ワクチンや予防接種の基本を理解するとともに、丁寧な説明と接種が必要」とした。また、米国エモリー大学ワクチンセンターの恩師から“DO NOT try to bring people to vaccine, do try to bring vaccine to people.”と教えられたエピソードを紹介した。

 予防接種に対して感じるストレスには個人差がある。神経系を介して現れる身体症状は「気のせい」とは異なる。接種前から接種後に至る適切な情報提供や、不安や迷いへの適切な対応でストレスを軽減することがISRRの軽減につながると思われる。



【文中略号】

ISRR: Immunization Stress-Related Response(予防接種ストレス関連反応)

DNSR: Dissociative Neurological Symptom Reaction(解離性神経症状反応)


【リンク】いずれも2022年5月19日アクセス

◎WHO Strategic Advisory Group of Experts on Immunization. “Report of the SAGE Working Group on vaccine hesitancy (2014).”

https://www.asset-scienceinsociety.eu/sites/default/files/sage_working_group_revised_report_vaccine_hesitancy.pdf


◎国立精神神経医療研究センター. “新型コロナウイルスワクチン忌避者は1割。忌避者の年齢・性別差、 理由と関連する要因を明らかに:日本初全国大規模インターネット調査より(2021).”

https://www.ncnp.go.jp/topics/2021/20210625p.html

→Vaccines2021; 9(6): 662. 参照


◎WHO. “Immunization stress-related response: a manual for program managers and health professionals to prevent, identify and respond to stress-related responses following immunization (2019).”

https://www.who.int/publications/i/item/9789241515948

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。