保険診療にかかる医療費は医療行為ごとに診療報酬が決められている。同じような病気・症状なら、“均一料金”のイメージだ。


 脂質異常症、糖尿病といった生活習慣病患者の電子カルテデータの解析をもとに、医療費の使われ方を検証した『ビッグデータが明かす医療費のカラクリ』は、こうした従来の思い込みを覆し、“不都合な真実”を明らかにする一冊である。


 では、同じ病気で治療費はどれだけ違うのか?


 本書によれば、〈生活習慣病は同じ病気でも患者により3-5倍の治療費の差〉があるという。生活習慣病は保険医療費の保険医療費の約1割とはいえ、金額では4兆円と巨額だ。安くすむなら医療費は大きく減少する。


 そもそも“公定価格”のはずの医療費になぜ差が生じるのか?


 データをもとにさまざまな検証がなされているが、生活習慣病関連で大きな影響がある(かつ、改善の余地が大きそう)と感じたのが薬剤費。


 薬の世界では、10年以上にわたってジェネリック薬(後発医薬品)の推進がなされてきた。すでに約8割がジェネリック薬となっており、目的はほぼ達成されている。そのため、生活習慣病の領域で特許切れの医薬品のすべてをジェネリックに切り替えても、薬剤費は7%程度しか下がらないという。


 実は薬剤費で大きいのは新薬の部分だ。生活習慣病薬を金額ベースでみると〈約7割は、ピカ新・ゾロ新・つまり特許期間中のもので同じ成分分子の薬が存在しない値段の高い薬剤の費用である〉。


 薬は〈適応症に合致しない薬を使うと査定されるが、適応症の範囲である限り、価格の高い薬を使うことは医師の自由である〉。


 しかし、薬価の安い古い薬でも治療効果があれば問題ない。金額ベースで約7割の新薬を〈特許が切れた元新薬(ジェネリック薬ではない)に置き換えたとすると、薬剤費は半分になる〉。薬剤費の削減効果は生活習慣病薬の合計では1兆円にもなるのだ。


 もちろん、最新の薬でなければ効かない患者もいるだろうし、新薬の売り上げが伸びなければ、メーカーの新薬開発意欲を削いでしまう恐れはあるが、古いがよく効く“元新薬”への置き換えによる国民医療費へのインパクトは少なくない。


■電子カルテの仕様バラバラで分析できず


 もうひとつ、医療費の違いでバカにならないのが、病院や薬局に支払う「各種手数料」。基本的には、処方日数が長いほど、診療回数が少ないほど少なくなるものが多い(詳細は本書参照)。


 同じような糖尿病で、年12回受診する患者の医療費は、年4回受診する患者の4倍(手数料部分は3倍)と試算されている。

 

 ちなみに、誰しも高額な医療、手厚い医療には高い治療効果があると考えがちだが、統計的には高い医療費、高い薬、高頻度の受診でも、治療成績に違いはなさそうである(もちろん医師の判断で、必要に応じて個別に対応が違ってよい)。


 つまり、単に医療行為当たりの単価を削減するのではなく、受診頻度、処方日数などを最適化することで、無駄な医療費を削減できるということだ。その意味では、始まったばかりの「リフィル処方」の効果も注目だ。


 生活習慣病だけでない。他の病気でもデータを収集して治療結果を分析することが医療の最適化につながるはずである。ただし、容易ではない。


 カギとなるのは電子カルテだが、市場に参入する数十社の〈データの様式は各社異なる〉〈レセプトのように規格化された様式でデータを扱えないため、ビッグデータとして統計分析するのは難しい〉〈電子カルテ規格の統一ははるか彼方の課題〉という状況だ。


 規格化された電子カルテでは、「自分たちの理想とする医療ができない」と、オリジナルのシステムを高い金を払って構築する医療機関もあると聞く。


「規格を統一するメリットを考えない」という点で、“日本らしい”といえばそれまでだが、データから得られる医学上の知見も放棄しているとなると大きな損失である。


 コロナ禍における“ファックス騒ぎ”で、医療界はIT化の遅れっぷりを露呈したばかり。電子カルテの規格統一→ビッグデータの活用→効率的医療の実現、は少しハードルが高いだろうか。名誉挽回できて医療費も減らせる決定打だと思うのだが……。(鎌)


<書籍データ>

ビッグデータが明かす医療費のカラクリ

油井敬道著(日経BP、日本経済新聞出版 990円)