ここ2週間ほど、テレビの情報番組は、山口県阿武町で起きたコロナ支援金計4630万円の誤送金問題を大々的に扱っている。とくにインパクトがあったのは、誤送金を受け取った若者がわずか11日間でほぼ全額を海外のオンラインカジノにつぎ込んだ、と打ち明けている点だ。事態はその後、警察による本人逮捕(電子計算機使用詐欺の容疑)、カジノサイト決済業者による9割のカネの返却、と目まぐるしく動いている。


 まるで凶悪な殺人事件並みの集中豪雨的報道に、「騒ぎ過ぎだ」と違和感を示す声もある。確かに政治家などの醜聞では、近年テレビはあからさまに腰が引けていて、今回の容疑者のように後ろ盾のない一般人に限り遠慮会釈なく責め立てる「弱者叩き」の傾向が強い。ただそれでも、今回のケースにはあまりにも珍奇な話題性があり、視聴率狙いというテレビの宿命から言って、大騒ぎにも無理がない面があるように思う。


 私自身はオンラインカジノなるものの存在を今回初めて知り、ごく短期間にこれほどの大金を「すって」しまうリスクの大きさを痛感した。最近の報道によれば、容疑者の若者は町役場職員による初動の返金催促に腹を立て、「町に打撃を与えたかった」とも洩らしているらしい。だとすると、果たしてこの4千数百万円の損失が、「本気の勝負」をして失ったものなのか、それとも町への嫌がらせで「わざと負けるような掛け方をした結果」だったのか、そのへんの見極めはなかなか難しい。


 報じられた初期の段階では、潤沢な軍資金を武器に数十万円でも利益を得て、素知らぬ顔で誤送金額を返却、その差額をポケットに入れてしまおう、という作戦なのだろうと私は推測した。だが、どうやらそんなことではなさそうだ。何にしても、ここまで「勝てない賭博」というイメージが広がると、果たして客はつくものかと、カジノ側の心配もしてしまう。


 このように、事件全体のなかでカジノの部分ばかり気になってしまうのは、実は私自身、ややもすればギャンブル依存の傾向があるためだ。十数年前、南米ペルーの首都リマに暮らしていた頃は、この街の随所に日本のパチンコ店並みにある24時間営業のカジノにはまり込み、無駄金を相当遣ってしまった苦い体験がある。カジノの恐ろしさは、このとき高い授業料を払い、理解したつもりだ。


 例えば、日本のパチンコだと朝から晩まで打っていても、20万~30万円も負けるのは至難の業である。開店時間内に打てる球数は一定だし、その間に勝ってしまう時間帯も必ずある。ところがカジノだと、パチンコ玉に相当するコインが何種類も存在する。ひと玉4円のパチンコ玉だけでなく、400円、4万円の玉もあるようなものだ。だからこそ、パチンコとは桁違いの勝利も敗北もできるのだ。


 で、今週の週刊誌報道は先週に引き続き、この容疑者の人物像や町の対応を掘り下げている。週刊文春は『「母」「恋人」「大麻キャンプ」“4630万男”田口翔の「逃走人生」』、週刊新潮は『「山口県阿武町4630万円騒動」残りのカネは町長が返せば』とそんな感じだ。ただ私は、この容疑者のキャラクターや非行歴を読んでも、「ああ、そう」という感想しか浮かばない。そちらの方面には興味が向かないのだ。


 読みたいのはただ「カジノ」のこと。たまたま今、横浜のカジノ構想に反対し、事実上阻止に成功した港湾業者の総元締め「ハマのドン」こと藤木幸夫氏にまつわる取材を進めていて、つい最近、本人の話も聞いてきた。「あんなものを造ったら“一夜乞食”が続出する、とんでもない」。92歳の御大はそう力説していたが、大阪や長崎は未だに誘致の旗を掲げている。依存症予備軍の私は、居住する東京近郊の可能性が消え、ほっとしているが、同時に遠方での「社会実験」が果たしてどう出るか、高みの見物を楽しみたい気持ちもある。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。