他人のことは言えないが、待ち時間や公共交通機関での移動中、多くの人がスマートフォンを眺めている。思えばこの10年余りの間にスマホは生活の中に定着した。わが国におけるスマホの保有割合(6歳から80歳以上まで)は、世帯で88.6%、個人で74.3%。インターネット利用者の割合は、13~59歳で9割を超える。個人がネットを利用するときの機器は、スマホが68.5%で、パソコン48.1%、タブレット型端末25.1%を上回る。子どもに目を向けると、「スマホを用いたネット利用」の割合は、6~12歳の40.5%から、13~19歳には80.6%へと倍増する(いずれも総務省・令和3年通信利用動向調査)。


 成長期の子どもに、いつから、どのくらいの時間、スマホを利用させるかは親にとって頭の痛い問題だ。スマホの世帯保有割合が6割を超えた2014(平成26)年度の全国学力・学習状況調査では、児童生徒が平日(月~金)に携帯・スマホを使用する時間が短いほど平均正答率が高いという結果が示された。



■ICT端末による健康障害とは


 では、スマホの使用時間を制限すれば学力が上がるかといえば、話はそれほど単純ではない。今年4月に開催された第125回日本小児科学会学術集会の折り、山縣然太朗氏(山梨大学大学院社会医学講座教授)は『スマホと学力』をテーマに講演。インターネットコミュニケーション(ICT)端末を使うことによる健康障害の全体像と、比較的新しい概念であるインターネット依存症およびゲーム障害の問題を示すとともに、具体的な解決策として「ファミリー・メディア・プラン」を紹介した。


 山縣氏によれば、ICT端末を使うことによる健康障害は、①長時間使い続けることによる障害、②コンテンツ(内容)による障害、③情報伝達手段としての障害に大別される。


 具体例を挙げると、①は画面を見続けることによる目や体の不調(Visual Display Terminal症候群)や、睡眠・運動など生活時間の不足による障害(睡眠不足、朝食欠食、不登校、運動不足、親・友人など他者との関わる時間の不足、インターネット依存症)。②はゲーム障害、行動やメンタルヘルスへの影響、③はコミュニケーション能力への影響、社会性の発達への影響などだ。


■疾患としてのネット・ゲーム依存


 一般的に「依存症」とは、快情動を生じる物質の摂取や行為を繰り返した結果、抗い難い欲求が生じて希求行動がエスカレートし、コントロールできなくなる状態を指す。精神医学では、薬物・ニコチン・食物などへの「物質依存」と、ギャンブル・ゲームなどへの「行動嗜癖」を併せて広義の「嗜癖」と呼ぶ。


 2013年に公表された米国精神医学会による精神障害の診断・統計マニュアル第5版(DSM-5)で、「インターネットゲーム障害(IGD)」が提案されたものの、予備的診断基準の扱いだった。その後、2019年5月の世界保健機関(WHO)総会本会議で、「ゲーム障害」の国際疾病分類第11版(ICD-11)への採用が正式決定された。


 仮に「ネット・ゲーム依存」と称される機会が多いが、これは、薬物依存と同様、報酬に関わる脳の神経回路が、快感刺激の繰り返しにより変化した行動嗜癖である。脳の前頭前野(理性)と辺縁系(本能)は日夜シーソーゲームをしており、通常は前者がやや優位だが、嗜癖(依存)状態では後者の優勢が続き、欲求や行動を自らの意思でコントロールできなくなるとされる。


 厚生労働科学研究でもネット依存の大規模調査が過去に2回行われた。ネット依存傾向は、1998年に「インターネット依存症」を提唱した米国キンバリー・ヤング博士による20項目のインターネット依存度テスト(IAT)で精査する。厚労科研ではIATに基づき開発された8項目(はい=1点、いいえ=0点)の質問票(YDQ)を用い、病的使用者(5点以上)、不適応使用者(3~4点)を調べた。その結果、病的使用者の割合は、2012年に中学6.0%、高校9.4%であったものが、2017年には各12.4%、16.0%に。全国では、この期間に病的使用者は51万人から93万人に増えたとの推計が示された。


 山縣氏は「これらの調査時点では疾患としての概念が確立していなかったため、実態調査にも国の予算がつかず、物質依存・行動嗜癖に長年取り組んできた樋口進氏(国立病院機構久里浜医療センター名誉院長)が非常に苦労し、未成年者の喫煙・飲酒行動と健康関連生活習慣の実態を調べる研究に入れ込むことでようやく実現した」「今後の取り組みに向けICD-11への採用の意義は非常に大きい」と話した。


 病的使用者に該当する児童生徒において、睡眠障害は必発。加えて、気分調整ができない、何でも話せる友人がいない、規範意識の欠如、攻撃衝動などの心理・社会的問題を抱えている。抑うつ傾向など精神障害の合併症としても数多く報告されている。ネット依存と抑うつが、原因か結果かの判断は難しい。全例に当てはまるとは限らないが、山縣氏・小島令嗣氏らによる「交差遅延モデル」を用いた分析では、先にネット依存があって後からうつになる傾向の方が強いことが示されたという。



■残った時間をネットに回す


 山梨県甲州市は、塩山市時代の1988年から行政が主体となって母子保健の長期縦断調査を行っており、現在は山縣氏が教授を務める山梨大学の社会医学講座が調査票の作成や解析を担っている。2019年度の『甲州市 児童生徒の心の健康と生活習慣に関する調査』で、ネットの利用内容を聞くと動画が最多で、中学1~3年男女の8~9割が利用すると回答。スマホゲームの利用は男子が7~8割、女子が5~6割だった。一方、中学1~3年男女がゲーム機でゲームやネットをする時間は、1日2時間以上が4割、3時間以上が2割だった。また、中学3年生の3割以上に中~高度のネット依存傾向がみられた。さらに、数は少ないものの「ネットで知り合った人と実際に会ったことがある」中学生がいる(最大で中学3年生女子の2.3%)という気になる結果が示された。


 いまや児童生徒より低年齢層でもICTを利用している。同市が2018年、1・3・5歳児健診時に子どものICT利用頻度を調べたところ、「毎日使う」との回答は各年齢で1割から2割、25%弱へと増加していた。利用場面で多かったのは、「外出先での待ち時間」や「家事で手が離せないとき」で、各3割前後だった。


 山縣氏によれば、「ゲームはハマりやすいよう制作されている」うえに、「同じ趣味を持つ集団内での人間関係強化」「競技的な要素への熱中」「スキルの向上やランキングによる自己肯定感の強化」などの要素がある。依存状態に至ると、現実世界での活動に興味を失い、ゲーム中でのイベントを過剰評価するようになる。また、実際にゲーム障害の中学生の相談に応じた経験から、「本人も苦しんでいる」という。


 ゲーム障害の治療は確立していない。本人がゲームの時間を減らす、あるいはやめるという動機を持てればよいが、現実には困難であることが多い。「ゲーム以外の時間を増やす」という目標を立て、他の活動に少しでも興味・関心を移していくと、回復につながることがあるという。


 その具体的な方法として山縣氏が注目しているのが、米国小児科学会が提唱する『ファミリー・メディア・プラン』だ。スマホやゲームの時間については、「1日○時間までならいいよ」という約束をしがちだ。しかし同学会は、生活上不可欠な時間を確保したうえで、残った時間をスクリーンタイムに充てる方法を勧め、割り当て時間を入力して図示するツールを提供している。いまの子どもたちは生まれたときからのネット・ネイティブであるとはいえ、機器を含めたネット接続には親の経済力が不可欠だ。ネットを楽しく有効に、かつ心身への健康影響がないように使うためには、利用時間や方法について親子で約束をして、時折見直す必要がある。ひとつの方法としてこのように可視化できるツールは有効かもしれない。



【本文中略号】

IGD: Internet Gaming Disorder(インターネットゲーム障害)

IAT: Internet Addiction Test(インターネット依存度テスト)

YDQ: Young Diagnostic Questionnaire for Internet Addiction(若年者向けインターネット依存質問票)


【リンク】いずれも2022年6月5日アクセス

◎文部科学省 国立教育政策研究所. “平成26年度 全国学力・学習状況調査 調査結果のポイント.”

https://www.nier.go.jp/14chousakekkahoukoku/hilights.pdf


◎厚生労働省. “ゲーム依存症対策関係者会議(2020年2月6日開催).”

https://www.mhlw.go.jp/content/12205250/000759309.pdf

 

◎甲州市健康増進課、山梨大学大学院総合研究部社会医学講座. “甲州市 児童生徒の心の健康と生活習慣に関する調査報告書 令和元年度.”

https://www.city.koshu.yamanashi.jp/docs/2020041400025/file_contents/S2019.pdf

 

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。