著名なところでは野口英世、最近ではアフガニスタンで凶弾に倒れた中村哲医師など、古くから開発途上国での医療に貢献してきた日本人医師がいる。


 2017年に75歳で亡くなった、外科医の谷垣雄三氏もそのひとり。実に35年間の長きにわたり、西アフリカのニジェールで医療活動や医師の育成を続けた。


『外科医 谷垣雄三物語』は、ニジェールでの谷垣氏の活動を中心に、その生涯をまとめた一冊である。


 通算で1万回を超える手術を行うなど、精力的に現地の医療に従事した谷垣氏。現地では「ドクター・タニ」と慕われる人物だったが、本書には貧しい国での医療を実現するために、数々の困難に見舞われた模様が記されている。


 例えば、砂漠から押し寄せる大量の砂。手術室に入り込めば、致命的な問題になるリスクもある。手術室のドアを三重、四重にするといった設備の工夫、傷口を開けたまま水で洗うといった感染対策を実施した。〈院内を清潔に保つことは「砂漠の病院」の必須条件〉だったのである。


 高度な医療機器や消耗品の事情も日本とは違う。〈ガーゼ、バンソウコウ、包帯、注射器、針など、毎日の手術を維持する消耗品〉も不足する状況だった。


 医療システムでは、ニジェールでは外科医に、整形外科医の技術が求められるなど、日本ほど専門分野が細分化していない。また、日本で看護師は約9割が女性だが、ニジェールは通常は男性。基本的に医療行為ができない日本と異なり、看護師が簡単な医療行為を行うといった具合だ。


 慣習や宗教の違いもある。谷垣氏は現地の外科医の育成も担っていたが、宗教上の理由で、解剖実習や剖検をしないことも問題となった。


■現代外科はカネをかけ過ぎ


 日本での“当たり前”は通用しない世界。しかし、すべてを先進国などからの援助に頼った医療では、いつまでも自立できないし、持続可能性がない(食糧援助などでも同様の問題がある)。


 環境、病気、設備・消耗品、医療システム、慣習……さまざまな違いを理解したうえで、谷垣氏は〈住民負担を原則とする外科〉をどう確立していったのか?


 詳細は本書を参照してほしいが、ポイントは〈現代外科はカネをかけ過ぎ〉というスタンスである。


 ニジェールでも実践可能な医療を実現するために、安全テストを繰り返して代替品を探し、コストを削減した。


 例えば、手術を実施するにあたって、(1)手術用の糸にミシン糸を用いる、(2)手袋をお勝手用手袋に切り替える、(3)抗生物質の使用を極力控える、(4)点滴液の手作り、(5)麻酔法の変更、(6)手術ガーゼの代替品としてタオルや新聞紙を活用――といった具合だ。


 人件費や水道代、電気代を国が負担しているとはいえ、さまざまな工夫により、1手術当たり2400円と破格の値段での実施を可能にした。


 それでも苦難は続く。派遣元であったJICA(国際協力機構)の任期切れや、現地の保険省による「谷垣追放」の動き、勤務していた医療センターの消滅……。医師の育成に関しては、旧宗主国のフランス政府や世界銀行などとの関係でも苦労したようだ。さまざまなステークホルダーには、それぞれの事情や思惑がある。


 開発途上国の医療に携わるには、医療技術はもちろんのこと、日本人なら英語やフランス語など外国語の習得が不可欠。しかし、何より現地の事情に配慮した工夫や突発的なトラブルへの臨機応変な対応力、そしてやり抜く力が大切だということを教えてくれる一冊。


 重複した記述があったり、時間軸が前後していたりで、今どきの“サクサク読める本”とは趣を異にするが、開発途上国の医療を志したり、実情を知りたいという人にとって、谷垣氏の歩みを記した本書は格好のケーススタディとなるだろう。(鎌)


<書籍データ>

外科医 谷垣雄三物語

川本晴夫著(丸善出版1980円)