今や「コロナ給付金詐欺列島」とでも言うしかない。目下、話題に、いや、騒ぎになっているのは税務署員や大和証券元社員も加わった組織的10億円持続化給付金詐欺だが、以前、持続化給付金は簡単にもらえる、という話を書いたので、今回はカット。その前に話題になった山口県阿武町で起こった1人10万円の支援金463人分、4630万円を町職員が誤って1人の人物に送金してしまった事件の話である。誤送金をいいことに463人分の支援金を独り占めした事件は、テレビ向けの格好の話題になった。いつかこういうことをする人間が現れるのではないか、と思っていたが、現実に起こったのには驚いた。
誤送金された4630万円を独り占めした町民の田口翔は弁護士に「すべてネット賭博で使った」と語ったそうで、町が右往左往する様はまさにテレビ向けの話題で下手なテレビドラマよりよほど面白い。しかも、ネット賭博では資金の送金先として「決済代行業者」なる会社が登場し、この代行業者3社の所在地を取材したらアパートの2階だったとか、誰もいない家だった、などと伝えている。日頃、ネット社会は事務所がいらない、スマホひとつで仕事ができる、と強調していたはずではなかったか。
幸い、警察が田口を電子計算使用詐欺容疑で逮捕し、決済代行業者3社が送金された金額4360万円を町に返還したことで、町は9割を回収できた。残る1割は送金先が「デビットカード決済」だったそうだから、田口の買い物代金として支払われてしまったのだろう。それでもテレビでは弁護士や賭博に詳しいという人物が登場して「決済代行業者はよく返金してくれたものだ」とか「ネット賭博は違法ではないのか」「お金が戻ると詐欺にならないのでは」などと取り上げ、大いに茶の間を賑わせた。
ネット賭博についてはよく知らないが、ネットを活用するのだから海外の賭博だろう。日本では競輪、競馬、競艇、オートレース、パチンコくらいしか賭博は許可されていないから、国内とは考えにくい。もし、違法なアングラ賭博だったら、警察が即座に摘発しているだろう。
実は、週刊誌記者時代、カジノのコンサルタントをしていた人物と昵懇になった、アメリカ・ネバダ州のネバダ大学には世界で唯一、カジノ学科というのがある。カジノ学科の卒業生はラスベガスのサンズやMGMなどの大手カジノ会社に就職し、経営に加わったり、あるいは、独立してコンサルタントになったりする。知り合ったCさんは日本人でただひとり、カジノ学科を卒業し、コンサルタントをしていた人物だった。
このCさんによると、ラスベガスではイカサマは絶対にないし、犯罪も起こらない。カジノでは不法行為は絶対に起こさせない、という。なにしろ、カジノの原理は高等数学の世界なのだから、イカサマなどしなくてもよいのだそうだ。
まず、イカサマについては、ラスベガスのカジノでは客から見えないところに多くの監視カメラが付いているが、特に注意して監視しているのがディーラーなのだそうだ。イカサマは誘惑や脅迫でディーラーが実行するのが常で、それに備えてラスベガスのカジノではディーラーは4時間ごとに交代させる、さらにディーラーの手元の映像を常時監視しているそうだ。ディーラーの手元を見れば、カジノ会社のプロはイカサマをしたかどうか即座にわかり、ディーラーはラスベガスから追放される。
カジノが高等数学だという話のひとつを教えてくれた。カジノでは、客が100ドル賭ける場合、ディーラーが勝つと、客は100ドル損する。逆に、客が勝つと、客の取り分は95ドルなのだ。5ドルはカジノの手数料である。つまり、客が勝ち続けても、毎回手数料の5ドルを取られ続ける。もちろん、客が儲かったところで勝負を止めて帰ってもいい。しかし、賭博というのは儲ければ儲けるほど繰り返すもので、繰り返しているうちに、賭け金の100ドルはカジノ側のものになってしまう。これを数学で「大数の法則」と呼ぶのだそうだ。
テレビや写真ではカジノというと、大概、ルーレットが映る。赤と黒の数字がぐるぐる回る様が絵になるからだ。が、最も人気なのはバカラである。なぜかというと、ルーレットの手数料は5%と高いが、トランプで勝負するバカラの手数料は1%か2%と低いからだ。が、このバカラで勝つ確率は23分の1である。数学的に考えると、たとえ時間がかかっても、カジノは必ず儲けることができる、というのだ。
カジノ業者は毎回、数千万円以上のカネを注ぎ込む上客のハイローラーには時期を見てファーストクラスの航空券付きの招待状が送られる。そういうハイローラーが、いつ遊びに行くと伝えると、その日、空港にリムジンが待っている。たとえ大儲けしても、いつの日にか、儲けた金は全額カジノに払っていることになるらしい。日本人がラスベガスに来ると、大概、パチンコ屋にもあるような日本製の機械式スロットマシーンで遊んでいる、と苦笑しているが、こういう遊びのほうが幸せかもしれない。
さて、話を戻すと、ネットカジノの決済代行業者とはラスベガスのカジノのフロントに近いものだろう。カジノに来る客はまず遊ぼうと思う資金を、例えば100万円をフロントに渡し、チップに替えて博打をする。足りなければフロントで追加のチップを購入して遊びを続ける。儲けたところで、あるいは途中でやめたくなったら、手元のチップをフロントで現金に替えてもらう。ネット賭博の決済代行業者はカジノのフロントと同様のようなものなのではなかろうか。田口のカネを預かっているだけで、次に田口から賭博に使う金額を指示されない限り、賭博に資金を注ぎ込まないはずだ。
ただ、阿武町から「誤送金した金だから返せ」と言われても持ち主は田口なのだから拒否されるのは当たり前だ。銀行に預金した金を他人が「あれは私の金だ、渡してくれ」と言っても銀行が「ハイ、そうですか」と言って金を下ろしてくれるだろうか。報道によれば、その後、阿武町長が決済代行業から町に電話があって全額を返してくれた、と語っているが、決済代行業者は田口の振り込んで来た金が不正に取得した金だということを証明するもの、例えば警察に告発し、受理されたという書類の写し、銀行の残高証明書の写し、あるいは裁判所に差押を申請しているという書類などを用意していただければ、田口が振り込んだ金を返金します、ということだろう。当たり前の話だが、テレビに登場した弁護士もカジノ通と称する人たちも首をかしげているのは情けない。
ついでに加えると、Cさんによれば、カジノではマネーロンダリングが通用しないという。偽札犯、盗んだお札でもいいが、犯人がマネーロンダリングしようとする場合、たいてい全額をフロントに渡し、チップに替えて少しばかり遊んだ後、残りのチップを金に換えることでマネーロンダリングできると思う。ところが、フロントでは預かったときの金そのものを渡すのだ。チップを換金するカネも最初に換金したときのお札を渡すのだ。結果、偽札犯はマネーロンダリングしたと思っても、元々持ち込んだお札が返されただけ。だからマネーロンダリングしようとする人や偽札を使う人は決してカジノを利用しようとしない、できない仕組みになっているそうだ。
ただ、ネットカジノではどうだろうか。現金とチップの交換はネットで行われるし、送金、振り込みもネットで行われるうえ、銀行が介在する。銀行ではお札の現物を送金するわけではない。すべてネット上で送ったり受け取ったりするわけだから、マネーロンダリングが通用するかもしれない。MGMやサンズのような大手カジノはホテル内にある。大概、亭主はカジノで遊び、家族はディズニーランドに行ったり、ゴルフに行ったりして楽しむ場所だ。大手のカジノ業者がネットカジノをやっているのだろうか。
ところで、日本では大阪と長崎がカジノで立候補している。長崎は博打好きの中国人を狙えるが、大阪はどうか。ラスベガスのような大掛かりなイベントを常時できるだろうか。ラスベガスではモーターショーや家電の展示会、プロレスリングやボクシング、さらに有名な歌手のショーなど、世界的なショーをひっきりなしに行って客を飽きさせないようにしている。こういうショーでは国会議員や有名人だと言っても桟敷席に座れない。あくまでも桟敷席に座れるのはホテルに泊まるカジノ客で、それもハイローラーである。
大阪は東京に次ぐ大都市だが、大手カジノ業者が期待するのはハイローラーである。果たしてそういうハイローラーを集められるだろうか。ハイローラーが来なければ、大手カジノ業者は失望するだろう。(常)