「教えてください。お願いします」
上野樹里さん演じる朝顔が、解剖を始める前に、遺体に向かって祈るようにつぶやく言葉だ。朝顔は神奈川県にある大学の法医学教室に勤める法医学者、父親の万木平(まき・たいら)と、夫となった桑原真也はともに、殺人、強盗、傷害、放火などを扱う強行犯係の刑事という設定である。
同ドラマのサイトには「法医学者と監察医」について、「監察医とは、東京23区、大阪市、神戸市などの監察医制度のある地域で、事件性の疑いがない死因不明の遺体の死因究明を専門に監察医務院に勤める法医学者。監察医制度のある地域では、事件性の疑いのある遺体の死因究明は主に大学の法医学教室に勤める法医学者が担当する。監察医制度のない地域では、法医学者が監察医の役割も兼ねる」と注釈が掲載されている。
◆遺体から人生をみる監察医
国内で監察医制度が最も充実しているのは東京都区部(23区)だろう。「東京都監察医務院」は、昭和21年の監察医業務開始から平成29年までの約70年間に547,788件の「検案」と、151,661件の「解剖」を行った。
都立大塚病院に隣接する「東京都監察医務院」(文京区)
昭和29年に同院に入り、昭和59年から平成元年で退官するまで院長を務めた上野正彦さんは、著書『孤独な死体』(ポプラ社、平成26年)で「ポックリ死んだら変死体」と表現しているが、監察医の業務とその対象は素人のイメージと異なり、元気だった人の突然死も「異状死」に含まれる。都区内での変死体の届出は、毎日平均30~50体にのぼり、同院の監察医は常勤12名、非常勤49名の体制で対応していた(平成24年)という。
同院の資料では少し専門的な表現で、「『監察医』とは、監察医制度の置かれている地域において、発生するすべての異状死(原因不明の急性死や事故死など)について、死体解剖保存法第8条の規定に基づく死体の検案・解剖を行い、死因を明らかにする医師」と説明し、その要件については「特に規定はないが、一般的に、異状死の死因究明を担うことから、医師の免許を有し、当該死体の取扱いに経験の深い法医学教室又は病理学教室において、研修を行った者であることが望ましい」と述べている。
実際のところ、生きている人を扱う臨床医と、遺体から死因を探る監察医では専門性が異なる。『孤独な死体』を読むと、首を絞めたときに動静脈の血流の違いでできる「索溝」や、顔のうっ血や毛細血管から滲み出た血液が点状の出血となって現われる「溢血点」、他人から襲われたときに本能的に身を守ろうとする「防御創」など、真相を探るためのさまざまな着目点がわかる。監察医の使命感もひしひしと伝わってくる。
◆死因究明は全国民に関わる施策に
死因究明はドラマの中だけの話でも、他人事でもない、誰にとっても切実な課題である。
わが国の年間死亡者数は、高齢社会の進展に伴い増加傾向にあり、年間約134万人に達した。一人暮らしの高齢者も増加し、誰にも看取られずに亡くなる「孤立死」の増加が懸念されている。「自宅死」の割合を確認してみると、全国平均が13.2%であるのに対し1位の東京都は17.9%(いずれも平成29年人口動態調査によるデータ)。長年在宅医療に携わってきた医師によれば、「自宅死」は「家族に看取られながら、涙、涙のお別れ」とのイメージとは異なる様相を呈してきているという。
また、昨今の耳を疑うような「児童虐待」による死亡も、死因の解明なくしては被害者が浮かばれない。
さらに、東日本大震災のような未曾有の災害では身元確認作業が困難を極め、平時から死因究明体制を強化する重要性が認識された。
こうした流れの中で、平成24年6月に議員立法で「死因究明等の推進に関する法律」が制定され、2年後に同法に基づく「死因究明等推進計画」が閣議決定された。令和元年6月には「死因究明等推進基本法」が交付され、来年4月から施行される。
そう考えて『監察医 朝顔』と見ると、これまでと違う感慨が湧いてくるかもしれない。
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本島玲子(もとじまれいこ)
「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。
医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。