ロシアのウクライナ侵攻以来、急に声高に叫ばれているのが防衛力強化だ。その主張は「防衛費をGDPの2%に引き上げろ」という声だ。現在の防衛費予算は1%少々だから、その倍にすべきだということになる。GDPの2%とはざっと10兆円である。とくに自民党を中心にした保守派から上がっている。


 岸田文雄首相も骨太の方針で思い切った防衛費の増額を謳い、アメリカ側にも約束したから、2%になるかどうかはともかく、防衛費を増加することになるのだろう。自民党だけでなく、野党からも防衛費増加を容認する声が上がっている。


 2%という数字は、トランプ前大統領がNATO訪問の折、NATO加盟国は防衛費をGDPの2%に引き上げるべきだ、主張したことに始まる。当時、トランプ大統領の主張に対し、ドイツ、フランスなどヨーロッパ主要国が難色を示した。


 ドイツの首相だったメルケル首相はあからさまに抵抗する姿勢だった。だが、メルケル首相の引退後、社会党・緑の党、自由党という野党政権に代わり、さらにロシアのウクライナ侵攻という事態に直面し、方針を変更。防衛費をGDPの2%にすることを決めた。


 一方、日本では安倍晋三元首相を中心にGDP比2%に引き上げろ、と言い出したのだが、「トランプ大統領の友人」と自他ともに認める安倍さんらしい。


 それはともかく、今、防衛費増額に反対する声は少ないだろう。筆者も異論はないが、自民党の保守派とは中身がちょっと違う。


 防衛費増加というと、自民党の保守派はすぐに最新式兵器を、かつ高額な兵器を買いたがる。安倍元首相が首相当時、トランプ大統領にイージスアショアとステルス戦闘機の購入を約束したことがいい例だ。


 先日、軍事・防衛を専門にする東大講師が「基地の外にブースターが落ちるのは危険だという地元の反対に突き動かされて、イージスアショアを海上設備に変更するようなことになったのは、極めて残念。ブースターが落ちるのとミサイルを落とされるのと、どちらが危険か」と語っていたが、この発言には驚いた。


 前にも書いたが、安倍前首相が購入を約束したイージスアショアの特長はSPY7という優れたレーダーと設備を小型化できることにある。だが、購入することにしたのは大型のものであり、さらにSPY7というレーダーは開発中で完成するのは7~8年後だ。現在、米軍が使用しているのはSPY6というレーダーだ。


 まだ開発中のレーダーを注文するとはどういうことか。さらに方角から考えて秋田に設置してどこを守るのか。首都・東京や大阪を守るために北朝鮮から、あるいは中国から発射されたミサイルを捕捉するというのなら、佐渡島か富山、石川県に、対中国なら福岡県か佐賀県のほうにでも設置すべきだろう。


 だいいち、ロシアも北朝鮮も極超音速変速ミサイルを完成させた、と言っている。このミサイルはレーダーで捕捉できないように、歩行軌道を変え、巡航ミサイルと同様に低空を超音速で飛んでくるミサイルで、もはや、イージスアショアでは捕捉できない可能性が高い。そんなこともご存知ないのだろうか。東大の質も落ちたものだとガックリする。


 イージスアショアに限らないが、防衛費を増額すると、いつもこういった高額品を買いたがることだ。アメリカ側にいい顔をしたいということなのだろうか。


 筆者が防衛費増額に賛成するのは、高額兵器を買うことではなく、通常の兵器を充実させることにある。週刊誌時代、同僚が自衛隊の交戦能力はどのくらいあるかを特集したことがある。むろん、防衛省は国家機密事項として公表していない。が、退役、現役自衛官たちに取材してわかったのは、なんと自衛隊は弾丸不足で、3日間しかもたないということだった。


 空対艦や空対空のミサイルは国産されているから数週間もつが、高射砲やロケット砲などの弾丸は3日分しかないのだ。自衛隊は3日間戦争したら弾丸がなくなってしまい、あとは逃げ出すしかない、ということだった。その後、砲弾等の備蓄を増やしたという話は聞かないから、今でも自衛隊は数日間しか戦争ができないだろう。


 防衛費増額で買うべきなのは高額で最新式の兵器ではなく、弾丸、砲弾であり、地対艦、地対空、空対空、空対艦のミサイルなのだ。自民党のセンセイたちは弾丸を買ったのでは地味すぎて票にならないから、いつも高額の武器を買うということのようだ。彼らは本当に日本の防衛を考えているのか疑わしくなる。


 実は、自民党政権では戦車の数を減らして装甲車を増やしている。戦車は通常4人が必要である。1人は運転手、1人は通信員、1人は砲弾を詰める役で、もう1人は目標を定めて発射する役割である。


 一時、戦車に乗る隊員不足が問題になったことさえある。今は自動化しても3人は最低限必要だ。しかも、戦車は鉄板でできているから重く、キャタピラで走るからスピードが出ない。最高時速は40キロくらいだ。


 ウクライナ侵攻でロシア軍が戦車を貨物に乗せて運んでいる映像が出てきたように、貨車で戦争地域まで運ぶのが通例だ。しかも、燃料を喰う。湾岸戦争のとき、大外の進軍ルートを任された米陸軍はヘリコプターを駆使し、35キロごとに給油地点を設けた。戦車がフルスピードで走り、35キロ地点に到着すると給油してまた次の地点に向けて疾走したことでもわかる。


 この戦車を減らして装甲車を増やしている。戦闘車は分厚いタイヤの車両で、当然、スピードが出るし、浅い川ならそのまま通行できるから機動力がある。しかし、こればかり増やすのは問題だ。戦地ではさまざまな障害物がある。そういうところでは戦車でなければ通行できない。保守層はこうした点には配慮しない。


 横道に逸れるが、現在、自衛隊の隊員数は25万人だ。かつては26万人だった。今、自民党の某女性議員が財務省の主計官を務めていたとき、自衛隊の機動力を増やすことで、防衛費を削減できると主張し、自衛官の削減を求めた。その後も削減を続けて1万人を削減したが、そういう人が今、テレビで防衛費増加を主張している。財務省の仕事だったと言ってしまえば、それまでだが、そういう人たちの主張にはまともに賛成できない。


 加えて、防衛族はどの武器を国産化し、どの部分は共同開発にするか、といったことも考えない。例えば、国産の戦車は1両15億円ほどする。アメリカ製やドイツ製戦車は5億円程度だと聞く。すると、輸出できないから高額になってしまう、輸出すべきだ、という声が上がる。が、今さら輸出などできない。欧米やロシア、中国などが武器輸出をしているのだ。そんなところに食い込めるとでも思っているのだから話にならない。


 こういう高額になる場合は、同盟国との共同開発が必要なのだ。最近でも、ステルス戦闘機の例がある。国内メーカが集まり、自衛隊とともに「日の丸ステルス戦闘機」の試作機を成功させたのに、安倍前首相は次期主力戦闘機すべてを米国のF35戦闘機にするといい、発注してしまった。日本の技術を育てようともしなかった。


 さらに国産の能力、共同開発を無視することは、万が一、戦闘状態になったとき、同盟国からの補充に支障が出た途端、日本は戦力を失ってしまう。侵略のリスクを訴えながら、保守系議員たちは実際には戦闘力を欠く事態を招いている、というしかない。


 もうひとつ、戦略的なことを訴える。保守派の人たちは台湾有事、尖閣諸島に中国が占領した場合の有事を防衛費増額の理由に挙げている。とくに中国が強大な武力で台湾に攻め込むことを心配している。しかし、これは本当だろうか。


 ロシアがウクライナに攻め込んだように中国が台湾に攻め込む可能性が高いという主張だが、これは少々疑問だ。むしろ逆ではないか。前々から言っていることだが、中国大陸から10キロしか離れていない膨湖諸島はともかく、中国は台湾に武力で攻め込むことはないだろう。


 ロシアのウクライナ侵攻で欧米と日本はロシアに対して経済封鎖で対抗した。石油と天然ガスを豊富に持つロシアは戦争遂行能力を維持している。それにスターリン時代から国民は貧しい生活を強いられているから窮乏生活に慣れている。経済封鎖されても耐えられるのだ。


 だが、中国は石油も天然ガスなどのエネルギー資源は輸入に頼っている。経済は日本の発展を見習って、中国を世界の工場にすることで発展してきた。完成品をアメリカ、ヨーロッパ、日本に販売することで外貨を稼いできている。ロシアに対するのと同様に欧米が一枚岩になって中国に対して経済封鎖をしたら中国は持ちこたえられない。


 ウクライナ侵攻を見て、やはり軍事力で台湾に武力侵攻するのは無理だと悟っただろう。今まで以上に軍事力ではない方法を使うだろうし、その意を強くしただろう。


 軍事力ではない方法とは、香港を支配したように漁民や旅行者、あるいは、移民を装った軍人を台湾に送りこみ、中国支持派の人とともに台湾総統を替える方法をとるだろう。そのためには暴動を起こすこともあるだろう。あるいは、内乱を起こし、政権を握ろうとするだろう。


 中国人は50年先、100年先を見越してコトを起こすのだから怖い。そして世界に「台湾の内政問題で、外国は口を出すべきではない」と主張。そのとき、強大な軍隊を台湾周辺に配置し、アメリカの介入を軍事力で拒むだろう。一見、内乱風だからアメリカも手を出しにくい。こうしたズルイ手を使うのが中国人の知恵なのだ。


 中国人は常に手を貸してくれた国や人々に「井戸を掘ってくれた人の恩は忘れない」という。古くは日中国交回復のとき、毛沢東も周恩来も田中角栄首相(当時)に、近くは新幹線の技術を移転したとき、鄧小平が、日本側に語った言葉だ。だが、その言葉はすぐに忘れる、という意味である。すぐに忘れる人だから、「恩を忘れない」と強調する必要があるのだ。


 異に感じる人がいるかもしれないが、中国で儒教が生まれたのは春秋戦国時代である、中国国内で戦に明けくれた時代だからこそ、孔子が現れ、人倫、人の道を説く儒教が生まれたのだ。日本には孔子は生まれなかったし、儒教も現れなかった。が、それは日本国内で親を大切にする、国を思う礼節がある程度行なわれていたからだ。


 日本の特長は儒教のうち、都合のよいところだけを取り入れたのもそんな理由だろう。単に中国は台湾に攻め込むなどというのは単純な発想でしかない。どうも自民党を中心にした保守層は単純過ぎて困る。中国5000年の知恵を見抜かないと、遅れをとってしまう。(常)