去る6月22日、『創薬のフロンティア2022』をテーマとしたセミナーが行われた(主催:LINK-J、後援:経産省、東京都、文科省、AMED)。核酸医薬、細胞療法、iPS創薬、再生医療など注目のモダリティが揃い踏みするなか、出張先のシンガポールから『mRNA医薬の最前線』について基調講演を行ったのが鈴木蘭美氏(モデルナ・ジャパン株式会社 代表取締役社長)だ。これまでのメディア・ブリーフィングと比較するとmRNA創薬の詳細に触れる講演で、かなり突っ込んだ質疑応答が行われた。さらに、その内容をたどると、米国本社(Moderna, Inc.)が今年5月17日にアナリストや投資家向けに行った『Science and Technology Day』(年1回開催で5回目)の公開資料で詳細を確認できた。今後の製薬企業やベンチャーのあり方を考えるうえで、同社の理念や戦略は、参考事例になりそうだ。


■mRNAはデジタル、低・高分子はアナログ


 Modernaは、「新世代の革新的な医薬を患者に届ける “mRNAサイエンスの約束”を果たす」ことを理念に掲げる。セントラルドグマでは、核内DNAの塩基配列がmRNAに転写され、細胞内でタンパク質として発現。それが細胞内で、あるいは細胞外に出て多様な機能を発揮する。mRNA医薬・ワクチンは、外来のmRNAの指令に基づきヒトが生まれながらに持つ本質的な機能を利用して治療するものだ。


 同社は、「mRNAは情報分子(information molecule)であり、配列さえ変えればよい(目的とするタンパク質をつくれる)という意味でデジタル」「低分子や、抗体などの高分子はアナログ」と捉えている。


 最高経営責任者のStephane Bancel氏は、自社の特徴として、①mRNA技術、②科学的スケール、③社内カルチャー、④デジタル化・AI活用、⑤資金力を挙げる。


 具体的に、①はmRNA医薬やmRNAワクチンに不可欠である「目的に適したmRNA」「送達技術〔脂質ナノ粒子(LNP)などのDDS〕」「製造(mRNA、LNP)」を自社内で一気通貫できること。②は基礎的なmRNA研究に携わる研究者が700人以上いること。③は組織間の障壁がなく、常に学ぶ姿勢があること。④はAIで全プロセスを自動化・AI化し創薬をスピードアップしていること(例:COVID-19ワクチンの標的mRNA配列決定は1~2分、再確認含め1~2時間、製造まで42日、臨床試験9か月)。⑤は190億ドル(約2兆6,000万円)のキャッシュを指す。新薬開発パイプラインは、2020年の23から、21年は36、22年初めに44であったが、22年6月現在46であり、100を目指して拡充中だという。



■独自の“モダリティ”と展開方法


 Modernaは、自社のmRNA創薬モダリティをさらに細分化している。興味深いのは、「バイオロジーリスク」と「テクノロジーリスク」の2軸で自社パイプラインを整理している点だ。バイオロジーリスクは「対象疾患の病態がどの程度解明されているか、生物学的な理解は十分かの度合い」を、テクノロジーリスクは「mRNAを用いて目的のタンパク質を発現するなどの技術面の確立度合い」を指す。


 さらにユニークなのは、あるテクノロジーリスクのProof of Concept(POC)に成功すれば、その上に新たな対象疾患を追加できるという考え方だ。例えば、COVID-19の場合のような予防ワクチンで「抗体を細胞外にタンパクとしてつくれる」ことが実証されると、テクノロジーのリスクはかなり下がる。


 他のテクノロジーは、道半ばで鋭意POCを目指している。その中で、ひとりの患者から正常細胞を体外に取り出して遺伝子解析し、がん細胞に特有のタンパクに対する「個別化がんワクチン」(mRNA-4157)および「心筋虚血局所への直接注射による再生」(AZD8601)は、2022年内のPOCを見込んでいるという(いずれも6月22日現在、第2相)。また、5月に来日した最高医療責任者(M.D.)のPaul Burton氏は、世界で先天性感染症の原因として最も多い潜在性ウイルスである「サイトメガロウイルス(CMV)に対するワクチン」(mRNA-1647)や、深刻な健康問題を引き起こす希少疾患「プロピオン酸血症(PA)」(mRNA-3927)も取り上げ、紹介していた。mRNA-1647は日本国内でも2022年中の治験開始を目指している。


 Modernaは、「mRNAの会社」であると同時に「LNPの会社」でもある。目的を達するには、組成、製造工程、構造、安定性、投与経路を最適化する必要がある。そこで、これまで2,000種以上を合成。1万以上の組み合わせを試し、用途に合わせたLNPの開発を続けている。同社のLNPは比較的多い量のmRNAを入れられる。その特徴を活かし、「COVID+インフルエンザ」(mRNA-1073)、「COVID+インフルエンザ+RSウイルス」(mRNA-1230)などのワクチン開発も試みている(いずれも前臨床段階)。


 mRNAの配列は短い方がワクチンの安定性が増す。そこで、「次世代COVID-19ワクチン」(mRNA-1283)は、大きなスパイクタンパクではなく、受容体結合ドメイン(RBD)に特化して配列を短めにし、冷蔵保存が可能になった(第2相)。


 mRNA医薬は、高分子医薬に比べると非常に小さいスケールで製造できる。同じ機械、同じプロセス、85%以上同じ材料で、さまざまな薬ができるという利点がある。各国で国産mRNAワクチンの製造および研究・開発を行えるようにすることが夢であり、既にカナダ、豪州、英国と提携を発表している。



■本領発揮はこれから


 Modernaは日本で積極的な情報発信を行っているが、他にも米国やドイツを中心に、mRNA医薬・ワクチンの開発に取り組んできた企業は複数ある。注目すべきは、COVID-19 ワクチンでも存在感を示したBioNTech.comだろう。特に、がん領域では次のようなプラットフォームを構築している。


【FixVac】同じ種類のがん患者の多くにみられる共通抗原の組み合わせをコードしたmRNAの投与によって、標的樹状細胞および自然免疫の応答を促進する。→進行メラノーマ・頭頸部癌がん(第2相)、前立腺がん・卵巣がん(第1相)


【Individualized Neoantigen Specific Immunotherapy (iNeST) platform】個別化がんワクチン。患者の血液・組織検体で特異的な遺伝子変異をマッピングして、予測されるネオアンチゲンをコードしたmRNA(最大20個)を投与する。Genentechと共同開発。→メラノーマ・直腸大腸がん(第2相)、固形がん(第1相)


【Intratumoral Immunotherapy: ITIT】腫瘍内免疫療法。免疫を活性化するサイトカインをコードしたmRNAを直接腫瘍内に注射投与し、全身への毒性なく、自然免疫と獲得免疫を活性化する。Sanofiと共同開発。→固形がん(第1相)


【RiboMab】次世代抗体医薬。バイスペシフィックモノクローナル抗体をコードしたmRNAを投与し、組換えタンパク抗体よりずっと少ない量で長期の効果持続を狙う。→多重固形がん(第1相)


【RiboCytokines】サイトカインをコードしたmRNAを投与し、半減期の短い組換えサイトカインより長期的な免疫の(再)活性化を狙う。→多重固形がん(第1相)


 いずれも、第1~2相段階ではあるが、COVID-19ワクチンで資金と知名度を得た、ModernaとBioNTechをはじめとする各社が、今後どのようにmRNA医薬・ワクチンを実用化していくか。国内各社が他のモダリティを含めて取り組むにしても、相当のスピード感をもって進めていかないと取り残されそうな勢いを感じる。



【リンク】いずれも2022年6月30日アクセス

◎Moderna Inc. “SCIENCE & TECHNOLOGY DAY MAY 17, 2022 09:00 AM ET.” →WEBNAR(動画)、PRESENTATION(スライド136枚)、TRANSCRIPT(プレゼン・質疑応答含む記録)を公開

https://investors.modernatx.com/events-and-presentations/events/event-details/2022/Science--Technology-Day/default.aspx

 

◎BioNTech. “Pipeline & Products.”

https://www.biontech.com/int/en/home/pipeline-and-products/pipeline.html

 

[2022年6月30日現在の情報に基づき作成]

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。