2018年秋、厚生労働省の『上手な医療のかかり方を広めるための懇談会』で、初期・後期研修を終え、大学病院の救命救急センターに入職したばかりのある医師が「若手医師・救急医の現況」を語った。


「若手医師は勤務時間が長く大変です」…『医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査』(17年度)によると、病院常勤医師では、20~30代男性の6割、20代女性の5割が、週60時間以上働いていた。


「後期研修医(当時)はもっと大変です」…初期研修医より主体的に病棟の「実戦力」として働き、責任を負う。勉強になることも多いが、仕事量が増え勤務時間が長くなる。


「若手医局員・大学院生はさらに大変です」…日勤+夜勤の翌日に外勤。その翌日また日勤+夜勤のことがあり、週末に終日研修が入ったりもする。


「救急医はとっても大変です」…勤務時間は週99時間、宿直は月に6回、完全休日は月に2日程度。不定期で他院での勤務もある。1日のスケジュールは、例えば8~10時のカンファレンス後、午前中は回診。そのまま昼から病棟処置や病棟業務に入り、17~19時は回診。その後、22時頃までカルテ記載や診断書作成。医局会のある日は、そのぶん業務終了が遅くなる。


 それでも救急医を選ぶ仲間は、ひとえに「人の命を救いたい」という素直な気持ちでがんばる人がほとんどだという。多くの施設で、救急診療は人数も各個人の体力もギリギリで回っている。労働時間の上限規制は必要だが、この状況で勤務時間を削減するためには、救急・時間外診療をしないなど、医療の質を下げざるをえない。ところが、国民全体に根付く「医療へのフリーアクセスの文化」や「医師たるべき者の奉仕の精神」の影響が大きく、医師個人の働き方の改善が理解されないこともある。だからこそ、受診する国民に上手な医療のかかり方を広めたいという趣旨の会だった。


■世界一の病床数に医師が分散


 それから3年半。今年6月に行われた『ひろしま医療機器開発セミナー』(主催:広島大学)で堀岡伸彦氏(厚生労働省医政局)は、『コロナ後の医療制度改革と医療機器開発について』と題して講演。特に、数年かけて取り組んできた「医療制度の三位一体改革」や「医師の働き方改革」に熱弁をふるった。

 そもそも論だが、日本は人口千人当たりの病床数が13.0と世界一で、英米の約4倍。ところが人口千人あたりの臨床医師数は2.4で英国の2.8や米国の2.6より少ない(いずれも2018年)。つまり、多くの病床に医師が広く薄く配置されていることになる〈図〉



■切り離せないからこその “三位一体” 


 2040年を展望した厚生労働省の「医療制度の三位一体改革」では、2025年までに着手すべきこととして、❶地域医療構想の実現に向けた取り組み(医療施設の最適配置の実現と連携)、❷医師・医療従事者の働き方改革、❸実効性のある医師偏在対策の3つが示された。❶❸の目標年はそれぞれ2025年と2036年。❷のうち「医師の時間外労働に関する上限規制」※1は2024年4月から実施となる。


 堀岡氏は、この改革の背景を説明。日本の医療の特徴として、前述の「(人口当たりの)医師数がOECD諸国平均より少ない」「病院数が多い」、さらに「医師の労働環境が過酷」を挙げた。これらは相互に関わり合っている。3つ同時に改革しなければならず、そのための具体策が進められている。


【医師数の確保】現在の医学部定員数が維持されれば、総数は2027年頃にOECD加重平均(人口千人あたり2.9)に達する見込みだ。


【地域偏在の現状】医師偏在指標に基づく医師多数県は上位から東京都、京都府、福岡県。下位から岩手県、新潟県、青森県の順〈図〉。ただ、これだけでは判断できない。例えば、埼玉県は全国43位だが、ほとんどは東京都の医療圏で受療し事足りている。

 一方、地域内での機能分担の問題もある。例えば、高度医療を担うA大学病院、救急を常に受けているB救急センター、(救急や手術を行わないなど)ややアクティビティが低いC病院、近接するABCとは離れた過疎地域のD病院。2019年半ばまでに診療実績データを分析し、C病院については「役割を考え直さなければならないのではないか」という趣旨で400を公表したところ、「厚労省が病院を潰そうとしている」「公立・公的医療機関にマイナスイメージが流布された」などの批判を受けた。


【医師養成課程を通じた地域偏在対策】大学医学部の段階では「地域枠」の設定が効果的。日本人は枠を裏切らず、その地域以外で働く医師は国全体で年10人程度だ。

 臨床研修では地方への定着を狙って東京等を減らし、医師不足の地域を増やした。出身地―出身大学―臨床研修の場所を追って定着率を調べたところ、全てA地域(A-A-A)の場合は89%。ところがA-A-Bだと4割に低下。一方、B-A-Aの定着率はA-A-Aと同等だった。そこで、(医師不足地域では)大学と臨床研修をできるだけ同じ場所で行い、定着を図ろうとしている。


【専門研修における診療科偏在対策】日本専門医機構は2020年度研修から、都道府県別・診療科別の上限数(シーリング)を設定している。機構は独立した組織だが、診療科ごとの必要数は厚生労働省の計算に基づく。47都道府県における診療科ごとの診療行為(レセプトデータ)と各県の人口推計をもとに、今後何十年間にどんな診療行為が必要かを計算したうえで、診療科ごとに必要な医師数を公表している。



■全診療科で法定労働時間オーバー


 堀岡氏は「多忙な医師の体感を数字で示す」趣旨で、まず、診療科別に勤務時間の数値を示した。


【過酷な労働時間】週当たり勤務時間の平均は、全科で法定労働時間を超えていた。特に、救急科(週平均62.30時間)、外科(59.09時間)、脳神経外科(58.26時間)は、平均ですら「過労死水準」とされる60時間前後、かつ、週60時間超過者が4~5割に達していた〈図〉


【タスクシフトへの取り組み】医師の負担軽減策のひとつとして、タスクシフトがある。実施によって効率的な医療提供や、チーム医療による患者へのきめ細かなケアも期待できる。

 タスクシフトの促進策として、一定の研修を経た看護師に対し特定行為※2を可能にする「特定行為研修制度」が、1万人程度の修了を目標に2015年から実施されてきたものの、21年9月でも漸く4,400人程度だった。そこで、「外科術後管理領域」「術中麻酔管理領域」「外科系基本領域」「在宅・慢性期領域」「救急領域」など特定の領域で頻繁に行われる一連の医行為をパッケージ化し、研修施設を増やすことで、自施設で働きながら研修を行える体制を目指している。


【まとめ】同氏は「あくまで私見」としながら、次のように全体を総括した。

 医療政策の3要素でいえば、日本は「素晴らしすぎるアクセス」「相当高い質」「低い医療費」を、決して多いわけではない医療従事者で担保し、今までは一部の診療科の医師の働き方にしわ寄せがいっていた。現在の働き方は、法的にも若手医師の意識の面でも、もはや限界で持続可能性がない。

 今後、「地域医療構想」は、複雑な歴史的経緯を背景に、民間病院の反発、公的病院については選挙がネックになり、劇的には進まないことが予想される。一方、医師養成の観点からの「診療科偏在の是正」は、ある程度進むだろう。「働き方改革」は、若手医師の意識の変化によって猛烈に進み、時間外労働規制の上限規制が医師に適用される2024年から数年間は非常に深刻な影響が出るかもしれない。ただ、もはや従来通りの働き方はさせられない。働き方を変えるには、非常に困難であっても医師の偏在対策と医療機関の再編を進めなければならない。



■医師の健康にともる赤信号


 去る6月には、日本医師会・医師の働き方検討委員会が、勤務医の健康に関するアンケート調査結果を公表。2021~22年に勤務医会員8万人から無作為抽出した11,000人および20~30代の11,737人全員に協力を依頼し、2,768人および1,246人から回答を得たものだ(回答率27.9%および10.6%)。

 その結果、「月に休日4日以下:30%、うち休日なし:6%」「調査前1ヵ月の主たる勤務先における時間外労働時間80時間超:8%、100時間超:2%」「半年間に1回以上、家族や患者から不当なクレームの経験があった:40%」「不健康である・どちらかというと健康でない:4%」「1週間に数回以上、自殺や死について考えた:4%」「自分自身の体調不良について他の医師に全く相談しない:40%」など、衝撃的な数字が明らかになった。

 また、「医療法改正により2024年度に医師の時間外労働上限規制が始まることをについて、あまり知らない・全く知らない:3割超」「時間外労働上限を超えた場合の追加的健康確保措置の具体的内容について知らない:4割超」だった。


 厚生労働省の『医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査研究(2017年5月)』によれば、前年の「主たる勤務先からの収入」は平均1,389万円(税込)。年休5日程度で週80時間働くと、時給は3,400円程度。重い責任と期待を背負い、くたくたになったうえでの金額だ。日本医師会が上述の調査の背景で述べているように、医師が健康で元気に働くことは、本人やその家族だけでなく、治療を受ける患者や地域社会にとっても不可欠である。


 高齢の母が「絶対に断らないER」を標榜する病院の救急外来を受診した際の光景が目に浮かぶ。コロナ禍での発熱者の選別、緊急処置、病棟への振り分けなどに多忙でも、スクラブに示された「●●病院ER」の文字が誇らしげだった。楽な仕事になる日はないだろうが、志をもって医師を目指した人が燃え尽きるような状況が改善されることを望みたい。そのためには、我われも賢明な受診の判断方法を知らねばならないし、AI活用など人へのタスクシフト以外の知恵も絞る必要がある。


【文中用語】

※1 医師の時間外労働に関する上限規制(2024年4月~):臨床研修医・専攻医など「集中的技能向上水準」の医師の場合は年1,860時間、月100時間未満となる(医療機関を指定、例外あり)。

※2 特定行為:医師または歯科医師の指示の下、臨床に係る実践的かつ高度な理解力、判断力その他の能力をもって行わなければ、衛生上危害を生ずるおそれのある行為。


【リンク】いずれも2022年7月13日アクセス

厚生労働省. “上手な医療のかかり方を広めるための懇談会(2018年10月~12月開催).” →第2回に『若手医師・救急医の現況』、第5回に『「いのちをまもり、医療をまもる」国民プロジェクト宣言!』

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_01491.html


◎厚生労働科学研究成果データベース. “平成28年度厚生労働科学特別研究『医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査研究(2017年5月)』”

https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/25836

 

◎日本医師会. “勤務医の健康支援.”→『勤務医の健康の状況と支援のあり方に関するアンケート調査報告書(2022年6月)』等の資料を掲載

https://www.med.or.jp/doctor/hospital_based/support/


[2022年7月13日現在の情報に基づき作成]

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。