7月10日(日)~7月24日(日) 愛知県体育館(画像は「NHKスポーツオンライン 大相撲『おすすめ動画』」より)


 巨漢逸ノ城が入門から苦節9年、遂に賜杯を手にした。13勝2敗という衝撃の新入幕、大関・横綱の器と早くから期待された四股名どおりの逸材。腰痛に苦しみ減量で悩んだが、同じ飛行機に乗って来日した照ノ富士との相星対決を制した。コロナ禍で通算20人あまりが休場、嘆息とともに不戦勝の勝ち名乗りが館内に連日響いて興醒めした場所でもあった。


見苦しいぞ、貴景勝


 4日目の結び前。大関貴景勝と、ここまで全勝と好調の逸ノ城(前頭2枚目)の一番。大関にとっては、昨年の取り組みで立ち合いに強い当たりを受けて負傷し途中休場した相手で、そのときから苦手意識が芽生えている。出足悪く逸ノ城に得意の左指しを許してズルズルと後退、そのまま土俵を割った。その直後、大関はさかんに自らの髷を触り、「髷を掴まれた」と物言いを求めんばかりに土俵下の審判にアピール。しかし、協議の結果、掴んでいないと判断。行司軍配通り逸ノ城の勝ちとなった。


<4日目/貴景勝―逸ノ城>


 VTRで見直すと、突っ張り合い差し手争いの最中にも大関は髷を気にする素振りを見せ、形勢不利と見て反則勝ちを狙いにいったのか、力を抜いたように見えた。逸ノ城の左手が髷を掴んでいるようにも見えたが、勝敗に影響のない範囲。負けても愚痴をこぼさないのが貴景勝のいいところだが、この態度はいただけない。


蘇ったハチナナ大関


 カド番の正代は、ここまで1勝4敗と順調に黒星を重ね、大関陥落までまっしぐらだった。6日目の対戦は大栄翔(関脇)。馬力のある大関候補に電車道で押し込まれるものと大方が予想していただろう。しかし、どうしたことか、立ち合いで負けていなかった。いつもは仕切り線から一歩も踏み込まないのに、互角の出足。そこから前に出て丸い土俵を回り込みながら逃げる大栄翔を追いかけ、最後は駄目押しの一突き。脆弱大関の完勝に館内がどよめいた。


<6日目/大栄翔戦から7連勝した>


 この日解説していた元白鵬の間垣親方が裏話を披露した。「取組前にひと汗かいておくと本番で動きがよくなる、と助言した」というのだ。野球ならば素人経験でも、カウントごとの打者の心理や配球の妙はある程度理解できる。しかし、相撲は誰もがやれるスポーツではない。せいぜい小学生の頃のちびっこ相撲レベル。プロの力士のこころ模様は理解し難い世界だ。大横綱にとって正代は、現役最後の場所で最大の警戒心を抱いて取り組んだ異能の大関である。プロ同士だけが理解できる真実が、短いアドバイスの中に隠されていたのかもしれない。


伊之助、「まわし待った」で半べそ


 我らの伊之助がまた、やってくれた。8日目の照ノ富士―若元春(前頭4枚目)戦。横綱初挑戦の若元春は猛攻をしのぎ、まわしを取って差し手争いに持ち込んだ。2分余りが経過したのち、若元春のまわしが緩み始めた。若元春はがぶり寄り気味に押し込み、照ノ富士が後退しかけた瞬間、伊之助は煮え切らない仕草で両力士に待ったをかけたが、聞こえない若元春は押し続け、合図を聞いた横綱は力を抜いて土俵を割ってしまった。すかさず、土俵下の審判部長の手が挙がる。


<名状し難い表情の式守伊之助>


 審判部長から睨まれたのか、そのときの伊之助は「だぁってえ~」とべそをかいた表情だった。物言いの結論は、待ったをかけたところからの再開。十分勝機のあった若元春は再開後、簡単に横綱に寄り切られた。


 待ったをかけるチャンスはその前にいくらでもあった。膠着状態のときに締め直しておけば、どちらに軍配が上がったかわからない。緩んだまわしに横綱が苦戦したのも事実。あの場面で待ったをかけるなら、もっと大声を出して2人の背中を強く叩くなどして意思表示を明確にしなければならない。それを優柔不断なものだから、最悪のタイミングで止めてしまった。解説の舞の海は「大失態」と手厳しく批判した。当然である。


場所中一番の好取組


 14日目の霧馬山(前頭筆頭)と若元春。同じような背格好と体格。まわしの色もお互い黒で、仕切る前から熱戦の予感がした。立ち合いは互角。霧馬山が頭を付け懐に入ろうとするが、そうはさせじと若元春は前に出て攻勢をかける。そこを霧馬山が天性の腰の強さを発揮して右から投げを打つが、若元春も浴びせるようにして同じく左下手投げ。投げの応酬のあと両者は同時に土俵を割った。


<14日目/霧馬山―若元春>


 物言いののち同体で取り直し。その一番がまた微妙だった。今度は激しい差し手争いがあり、お互い頭を付ける。やがて霧馬山が離れて突っ張りを食らわせて追い詰めるが、若元春も残り腰を見せて土俵際スレスレで我慢、そのあとのいなしにも耐えた。そこからまわし十分になり、霧馬山が寄り切りに出たところを若元春が投げを打ち、最後はまたもつれるように2人が同時に土俵外に出た。しかし、僅差で霧馬山に軍配が上がり、館内は騒然。今場所中、白眉の一番だった。


 昔の名勝負、富士桜と麒麟児の一戦を思い出した。互いに突っ張り合い、最後は鼻血を飛ばしながらの大熱戦。死力を尽くしたあとの疲労困憊した表情が忘れられない。霧馬山と若元春。両者が大関レースに本格参戦する頃、一段と盛り上がるのは間違いない。今場所は弱い大関2人が2桁勝利を挙げたが、さらに上を目指すには程遠い。大栄翔、若隆景、隆の勝あたりも突出した強さに欠ける。そんななかで実力者逸ノ城の優勝は、これからの大関レースをひと味違うものにした。(三)