2000年代中頃以降、国内大手の再編が相次いで、製薬業界は大きく変わった。ここ10年に限定すれば、最も大きく姿を変えたのは武田薬品工業だろう。
『武田薬品M&A戦略 失敗の検証』は、その変化の全貌を記した1冊だ。
タイトルにもあるように、武田薬品は次々に巨額のM&Aを実施してきた。2008年のミレニアム(米国)、2011年ナイコメッド(スイス)、2017年アリアド(米国)、2018年(手続き完了は2019年)シャイア(アイルランド)……。その結果は?と言えば、必ずしも成功と呼べるものではなかった。
売上げと総資産、従業員、販売網を拡大してきた一方で、〈モノづくりの会社がその根幹である製品開発にカネをかけられない〉〈巨額の負債を圧縮するために売れるものは何でも売りまくった〉〈人材の喪失、流出〉〈医薬品の製造工程に不備〉など、本書では現在の武田薬品に生じている、さまざまな問題を指摘している。
株式市場の評価も芳しくない。配当性向が100%前後の高い水準の配当を維持しながらも、売上規模では圧勝している中外製薬や第一三共に、時価総額で後塵を拝している。ROE(自己資本利益率)は4.24%低空飛行。PBR(株価純資産倍率)も1倍を切るなど、解散価値を下回ることもあるほどである。
それだけ、将来の成長期待=有望なパイプライン(新薬候補)が乏しいということだ。
巨額のM&Aが始まったのは、長谷川閑史社長の時代。〈「世界のメガファーマの仲間入り」という目標〉を掲げていた。〈日本人には知見が足りない〉と考えたのだろう。併せて行われたのが、トップマネジメント層のヘッドハンティングだ。
山田忠孝(タチ・ヤマダ)取締役チーフメディカル&サイエンティフィックオフィサー、フランソワ・ロジェCFO(最高財務責任者)、デボラ・ダンサイア取締役・ミレニアム社長、ジェームス・キーホーCFO……。
「有望」と目された人物が入ってきては、高額の報酬を手にした後、去っていった。著者は〈一般的な表現を使うならば、これを「もらい逃げ」と言う。社業に貢献したか否かにかかわらず、結果責任の回避という点において、日本人の感覚からして「異常レベル」である〉と憤る。欧米のプロ経営者にとって武田薬品とは、ステップアップの過程で一時身を置くという位置づけなのだろう。
一方で、本書にも登場する大川滋紀氏(現日本たばこ産業執行役員医薬事業部 医薬総合研究所長)、本田信司氏(現日清食品ホールディングスエグゼクティブ・アドバイザー)ら日本人の有力幹部が会社を去っている。いずれも社長候補と目された人物だ。
人材の流出という点で、象徴的なのは研究者。武田薬品は2011年に大阪とつくばの研究所を再編し、神奈川県に湘南研究所を設けた。しかし、〈1200人の研究陣は「大川ショック」後、2回のリストラで2017年までに900人以上が研究所を去った〉という。
研究開発機能の大半は、海外に移った。まさに換骨奪胎、同じ社名を有しているとは言え、まったくの別物になってしまったのだ。
■巨額のれんの減損リスク
相次ぐ買収により、財務も傷んでいる。企業買収で生じる「のれん」は、2022年3月期で約4兆4000億円。日本ではソフトバンクグループに次ぐ金額で、自己資本の8割近い水準だ。高値掴みの結果ともいえるものだが、著者が指摘するのはその〈減損リスク〉。
もちろん、買った会社がきちんと利益を出し続けたり、武田薬品が減損してもびくともしない高収益体質の会社ならば問題ない。しかし、減損リスクに加え、IFRS(国際会計基準)では、定期償却再開の議論も行われている。議論の結論次第では、巨額ののれんが、将来、業績に影響を与える恐れもある。
〈外国人経営陣に乗っ取られた〉失態続きの武田薬品に対して、著者は〈老骨に鞭打ってでも、タケダをもとの姿に戻すべきと願うのだ〉と結んでいる。
“タケダ愛”溢れる叱咤激励なのだが、もとの姿に戻すことができるのか? 幹部から研究者ほかの人材の流出に加えて、カリスマ的なオーナー家の人材も存在しないことから、今となっては“原状回復”は、かなり難易度が高そうだ。
製薬業界を目指す人はもちろんのこと、一般の個人投資家にとってもいまだに武田薬品のイメージは“国内業界ナンバーワン”。大きく“ベット”するなら、本書を一読してからでも遅くはない。(鎌)
<書籍データ>
原雄次郎著(さくら舎1650円)