ありとあらゆるものがスマホで買えるようになって久しい。一般用医薬品についても、一定の制限はあるものの、基本的にはネット販売で購入できる。
ネット時代に入り、麻薬や危険ドラッグといった違法薬物の売買や使用も大きく変わった。『スマホで薬物を買うこどもたち』は、若者を中心とする薬物汚染の現状をレポートする1冊である。
当然のことながら違法薬物の売買の場合、取引はECサイトのようなオープンな仕組みではない。SNSやアプリなどを通じて秘密裡に行われる。本書に掲載されているケースでは、まず密売人はツイッターなどで広告。密売人と購入者の連絡には、「テレグラム」「ウィッカー」「ワイヤー」といった無料の秘匿アプリを使用する。
第三者への転送やスクリーンショットの撮影ができないだけでなく、〈「自動消去タイマー」を設定することで、交信記録を自動消滅させることまで可能に。仮に密売人が「1時間後に自動消去」と設定したら、双方の交信記録は1時間で消え去ってしまう〉という徹底ぶりである(昔のスパイ映画に登場する、爆発するテープレコーダーさながらだ)。
証拠を残さず、薬物の購入者と密売人が接触できるというわけだ。この手のアプリは、レイプドラッグ(睡眠薬など)を使用した性犯罪にも使われるケースもある。
普通の子どもが薬物の乱用や依存に陥っていく様子は本書を読んでほしいが(なかなか生々しい)、ネットを通じて違法薬物が売買されるようになったことにより、誰もが容易にアクセスできるようになると同時に、売買するプレーヤーが大きく変わった。
〈覚醒剤をはじめとする薬物の密売は、長い間、暴力団や外国人グループの生業でした。(中略)ところが、この構図は危険ドラッグが蔓延し始めた2012年初頭から急速に変化します。どんな薬物も容易く手に入る環境が生まれ、「使用者」と「密売人」の堺がなくなってきた〉という。
“素人”が売買をめぐるトラブルに巻き込まれるケースも増えている。青少年が当事者となるケースもある。違法な薬物を扱っているため、警察沙汰になることは少ないが、2021年に神奈川県鎌倉市で、大麻取引上のトラブルから18歳の若者が刺殺された事件は記憶に新しい。
ちなみに、一時話題になっていた咳止め薬などの一般用医薬品の乱用もネット社会ならでは。販売店は数量制限など乱用防止の取り組みを強化しているが、一般用医薬品は合法的に買うことができるうえ、〈ネット通販でも購入可能なため、現実には乱用に歯止めがかかっていません〉という状況だ。
■大麻合法化は“苦肉の策”!?
さて、254ページの本書中、約4分の1が割かれているのが、最終章の〈緊急提言:大麻合法化は危険である〉である。
ここ数年、カナダや米国の一部の州など、海外で大麻を合法化する動きが相次いで、日本でも合法化を要望する声が上がっていた。
しかし、著者は嗜好品としての大麻合法化の動きに警鐘を鳴らす。依存性や幻覚作用はもちろんのこと、たばこ同様の受動喫煙、脳の萎縮、交通事故……とリスクは少なくない。基本的には、嗜好品として大麻を使っても、いいことはないのである。
では、カナダや米国では、なぜ合法化するのか? 著者は、取り締まりが限界に達している、密売収益が犯罪組織に流れている、ヘロインやコカインといったハードドラッグと比べると有害性が少ない、といった要因を挙げつつ、〈端的に言えば、カナダの大麻合法化は「苦肉の策」〉、米コロラド州についても〈カナダとかなり似通っている〉とする。
日本の大麻経験率はカナダや米国などの先進各国に比べて大きく下回っている。かつ〈より強力な依存性薬物へのゲートウェイ(入口)となる〉点などを考えれば、確かに〈あえて大麻を合法化すべきなのか。その点については議論が必要〉だろう。
カナダや米国の合法化した州では、「大麻で税収増」も考えているようだ。ひとたび財源に組み込まれれば、体に悪いとわかっても、容易に全面禁止できないのはタバコで実証済みである。
ネット社会では、「どこにでも、薬物汚染のリスクが転がっている」というのが、本書を読んだ正直な感想だ。自衛はもちろんのこと、子どもたちには、英語やプログラミングと同様に、早期の「薬物教育」が求められる。(鎌)
<書籍データ>
瀬戸晴海著(新潮新書924円)