戦後を代表するジャーナリスト、故・立花隆氏は、1970年代の調査報道「田中(角栄)金脈追及」やロッキード裁判をめぐる論戦で脚光を浴びた人物だが、これら田中氏関連のテーマに没頭した10余年を後年振り返り、「どれだけ人生を損したか」「めちゃくちゃ時間を使わされた」と悔やむ言葉を漏らしている。いわゆる時事問題にとどまらず、宇宙や哲学、動物学、医療等々のアカデミックな分野にも広く目を向けた「知の巨人」は、田中氏サイドとの攻防に明け暮れて、ほかの仕事ができなかった当時の状況を相当に恨めしく感じていたらしい。


 こうした「告発・追及・論争型」の報道には、どうしても「泥沼化」の問題がつきまとう。批判対象があっさり屈服しなければ、必死の反撃に遭う可能性も大きいのだ。SNSによる意見表明にも似たリスクがある。私がツイッターに手を出さず、取材・執筆の仕事で攻撃的なテーマを選ぶことが少ないのは、ひとえにこの「泥沼化」を好まないためだ。論戦そのものにたじろぐわけではない。むしろ反対に、四六時中論戦にはまり込むリスクを思うのだ。誹謗中傷を受ければ、倍返しでダメージを与えたくなってしまう。そんな自分の性格がわかっているからこそ、その他一切が手につかなくなる状況を避けるようにしているのだ。


 だが、ジャーナリズムに携わる人間として、本当に重要な局面では「闘う記者」となる覚悟は不可欠だ。旧統一教会をめぐる今の状況は、まさにその「局面」にほかならない。しかし、全国紙やNHKなど「主要メディア」の姿勢はあまりに弱腰だ。その意味で、かつてオウム真理教と戦った有田芳生氏や江川紹子氏、ヘイト問題をテーマにする安田浩一氏など、後ろ盾を持たないフリーランサーの「戦闘的な書き手」には心底敬服する。エンドレスに絡んでくる狂信者の中傷に彼らはたじろがない。目下の統一教会問題では、鈴木エイト氏がまさにその戦闘正面にいる。安倍晋三元首相の殺害以後、「ミヤネ屋」などの番組が注目されているが、そこで報じられる具体的な内容は、エイト氏や弁護士らの情報にもっぱら依存する。メディアのスタッフが自力で事例を掘り起こし、統一教会を追及する、そんな気概が見られるのは、TBSおよび週刊文春、週刊新潮くらいのものだろう。


 今週の週刊ポストは『“空白の30年”の間も追及し続けた2人「なぜ統一教会と闘えたのか」』という記事を載せ、弁護士の紀藤正樹氏とエイト氏を取り上げている。街角で統一教会信者による手相見に割って入り、これをきっかけにブログなどで問題追及を開始。やがて教団を利用する政治家にも監視の目を向けるようになる。プロのライターになって以後も「統一教会ネタ、政治家ネタはNG」という雑誌があったと言い、こうした「メディア側のタブー視」を見て取って、多くの政治家が安易な考えでカルトに近づいてしまったという。サンデー毎日に『ワイドショーの恋人』という連載を持つコラムニスト・山田美保子氏も、今週はエイト氏にスポットを当て、膨大な取材の蓄積を持つエイト氏の話に「リアリティーがある」と讃えている。


 週刊文春は『岸田首相後援会長は統一教会系団体の議長だった』というスクープを掲載した。ただし、この後援会は首相のお膝元・広島のものではなく、総裁選用につくられた「熊本岸田会」という団体。会長になった大学学長に「日韓トンネル推進熊本県民会議」議長という統一教会事業の肩書があるものの、これをもって岸田氏を「教団とズブズブ」と断ずるには弱い。それでも首相周辺にまで教団関係者は見つかるという例として、教団による政界汚染の深刻さは示している。週刊新潮は『「萩生田政調会長」がつないだ「カルト」と「生稲晃子」』という前号の記事に続く第2弾、『やっぱりズブズブ 教祖「文鮮明ファミリー」とお友達 「萩生田政調会長」の嘘・嘘・噓』。こちらは先週来、党幹部の萩生田氏を窮地に追い詰めている「重量級」のスクープである。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。