世論の形成プロセスが激変しつつある。ひと昔前はまだテレビや新聞の報道がかなりの影響力を及ぼしたが、最近はマスコミ報道よりネットの動向により強く世論は反応する。世論の振れ幅も拡大傾向にあると思う。数年前までは、マスコミ報道の「建前」をネットの右派世論が攻撃するパターンが一般的だったのに、最近は左派・リベラルの声もネット空間に急拡大、ときに右派世論をかき消すほどの潮流を生んでいる。混沌として状況が見通せない時代、ハッキリしているのは旧メディアが埋没する方向性だけだ。


 そういった変動の兆しを最初に感じたのは2015年、安保法制への反対世論を見てのことだった。あの動きは野党やメディアの先導で起こったものではない(右派の人はそう見たがるのだが)。むしろこの両者は、おずおずと尻馬に乗った形だった。前年には朝日新聞が慰安婦報道や原発事故報道で猛バッシングを受け、翌春にかけNHKや民放で政権に批判的なキャスターの降板が相次いだ。つまりこのときのメディアは、右派世論や安倍政権の「圧」により、過去例がないほどに萎縮しきっていた。にもかかわらず、安保法制に反対する声は、SNSの発信で急拡大していったのだ。


 旧統一教会をめぐる現在の世論にも、似た状況を感じる。読売テレビの『ミヤネ屋』やTBS『報道特集』など、ごく限られたテレビ番組が問題を掘り下げているものの、NHKや全国紙など「主要メディア」は概ね及び腰だ。それでもネット空間では、「ネット右翼の巣窟」と呼ばれるヤフコメでさえ、自民党や教団への批判が擁護論を圧している。


 この混沌とした状況には、政治家も、あるいはメディア関係者も困惑しているに違いない。何しろ腰の重いNHKや朝日新聞を糾弾する「左派世論のツイッターデモ」まで見られるのだ。「いずれ沈静化する」と高を括っていた政権もじりじり追い込まれ、対策を打ち出さざるを得なくなっている。


 この教団問題だけではない。昨今さまざまな面で「きまぐれなネットの奔流」に、週刊誌も手探りを重ねている。先週の例で見ると、週刊文春のスクープ『岸田首相後援会長は統一教会系……』には「ネタが弱い」と低評価の声が強く、週刊新潮による(こちらは政治ネタではなく芸能記事なのだが)『「香川照之」銀座高級クラブでワイセツの裁判記録』も「(被害女性とすでに)和解した話を蒸し返すな」と、香川氏への「擁護論」が大勢となっている。


 興味深いのは、今週はこの香川氏の一件で文春も新潮に加勢、『暴行もパワハラも 香川照之「本当の顔」』という後追い記事を出したことだ。新潮ももちろん『「香川照之」現場の証拠写真 強制ワイセツの“夜の顔”』という第2弾で「逆風」に立ち向かっている。かたや岸田首相後援会長の記事に関しては、文春が『岸田「統一教会」政権のウソを暴く』という続報で、首相のお膝元・広島の地方議員や山際大志郎経済相、林芳正外相にもターゲットを拡大して政権を批判。新潮も山際氏の疑惑に焦点を当てたうえで『断末魔の「岸田・統一教会」連立政権』という大見出しで、文春に足並みを揃えている。ネット空間というあてどない海原で、たとえライバル誌でも折々に「船団」を組み、何とか波頭を乗り越えようとする目論見か。


 なお今週の文春は、前述したようにすっかり影の薄い朝日新聞に着目する『検証朝日新聞と統一教会』という記事を載せ、その昔、霊感商法報道などで教団と死闘を繰り広げた「往年の奮闘ぶり」を紹介した。現在の弱腰と対比しての読み物だが、個人的には「現在の朝日新聞の内情」にも触れてほしかった。四半世紀前、私が朝日にいた頃は、ヒラ社員には知り得ない社内事情を文春報道で知ったものだったが、さすがの文春も、ここまで弱体化した「天敵・朝日」には、取材意欲が湧かないのかもしれない。切ないものである。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。