5分間の診療、多数の薬剤の服用、長期の受診……。精神科医療をめぐっては、以前から偏見や批判があるのは事実だ。それらのなかには、患者側の誤解や理解不足に基づくものも多い。


『精神科医の本音』は、クリニックを経営する現役の精神科医が、精神科医療の表と裏を書き綴った1冊だ。


 精神科にかかろうという人はもちろんだが、精神科に通い始めていろいろな疑念が生じた患者、精神科医療の実態を詳しく知りたい人など、「少しはこの分野をかじった人」にとってより役に立つ。


 昨今、安倍元首相の暗殺事件で、久々にカルト宗教に注目が集まっているが、精神疾患を患った人で〈社会的な面で、最も治療困難な状況に置かれている例〉として挙げられているのが、〈カルト宗教信者の二世〉のケース。


 カルト宗教をやめる際に、親の存在を否定することになったり、コミュニティと縁を切ることにもなることもある。その結果、〈アイデンティティの拠りどころがなくなり、「自分はいったい何者か?」がわからなくなる危険性〉があるという。


 著者がクリニックの経営者ということも大きいのだろう。通常の精神科医本と一線を画しているのが、精神科医をめぐる「お金」について書かれている点だ。これから精神科医になろうかと考えている若者、将来、開業したいと考えている精神科医にとっては非常に有用だろう。


 売上高に対する人件費や診療所の場所代など、通常の精神科の書籍には登場しない「お金」にまつわる要素が多い。精神科に限った話ではないが、実は、このお金や制度が、医療の提供体制を決めている部分が結構ある。


 冒頭の「5分間診療」もそのひとつ。病院・クリニックを経営する立場から見れば、〈再診については、5分診ても、29分診ても、同じ報酬にしかならず、かつ30分以上いくら時間をかけて診察しても、700円しか違いが出ない〉。


〈『再診は5分+α』でいこう〉となるのは必然なのだ。制度によって〈診療時間は半強制的に決められている〉のである。


 著者は〈時間やお金を無視して考えれば、カウンセリングの重要性は高く、薬物療法だけでは治らない疾患は数多く〉あるという。にもかかわらず、一般的な診療として、認知行動療法や精神分析があまり選ばれないのもお金で説明がつく。細かい数字は本書を読んでいただきたいが、医療行為として認められている一方で、経営的には割に合わないのだ。


■精神科医は当面安泰?


 精神科を開業しようと考えている医師にとって赤裸々な病院・クリニック経営の実態は参考になる。一般的な勤務医の年収1500万円に対して、よくある1人医師、事務職員数人のクリニックで人件費、家賃等を差し引いて3000万円弱程度の利益が出るようだ。そこから税金等がかかるとはいえ、悪くない印象だ。


 ただし、精神科クリニックは〈規模の拡大が難しい〉部分もあるという。精神科医の場合、大がかりな検査機器や治療器具などは不要で、他の診療科に比べて独立開業はしやすい。継続して医師を雇いにくいのだ。


 昨今は〈アルバイトだけで生計を立てている〉医師もいて、掛け持ちで4~5軒を担当する「流しの精神科医」もいるという。


 各種推計では2030年ごろに、全体としては医師の需要がピークを迎え、その後は医師余りが生じるとみられている。しかし、精神科について著者は〈経済的な問題〉や〈労働の複雑化〉などで、対象とする患者は〈まだまだ増えていく〉とみる。高齢化で生じる認知症の患者まで含めれば、現在でも不足しがちな精神科医の需要は当面高止まりを続けるだろう。


 加えて、ここ20年ほど何度も「画期的な新薬」の登場を見てきたが、入院患者数がやや減る一方で、精神疾患を有する外来患者数はむしろ大きく増えている(良くも悪くも新薬の登場が患者の“発見”につながるケースは多い)。


 本書で取り上げられているオンライン診療やカウンセリングなど効率化を促す仕組みを積極的に導入したり、治療効果を上げる薬や治療法の開発は不可欠だろう。


 治療や仕組みはまだまだ発展・改善の余地あり、職業としての精神科医は当面安泰というのが、正直な読後感である。(鎌)


<書籍データ>

精神科医の本音

益田裕介著(SB新書990円)