東京都は9月8日、「新型コロナ後遺症対応医療機関」を公表した。内容は、診療科、診療可能な症状、対象年齢、予約方法、実施可能な検査、特色ある医療など。開始時点で対応可能な402医療機関について、リストデータ(Excel版、PDF版)のダウンロードやマップ上での検索が可能だ。さらに医療機関に対し、自主的な掲載や更新を呼びかけている。個別の情報を見ると、後遺症専門外来を設置している医療機関はほとんどないが、気になる症状があって受診する際の参考にはなる。



■手探りの“罹患後症状”管理


 世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は9月14日の記者会見で、「我われはパンデミックを終わらせる上でかつてなく絶好のポジションにいる」「まだそこには達していないが視野に入ってきた」と述べた。とはいえ、既感染者数は全世界で約6億1,450万人、日本で約2,097万人(Our World in Data、2022年9月23日現在)の規模だ。その中には、後遺症に悩む人が一定の割合いる。


 WHOは“post COVID-19 condition”(いわゆるlong COVID)を、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患した人にみられ、少なくとも2ヵ月以上持続し、他の疾患による症状として説明がつかないもの」と定義している。罹患後、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染性は消失にしたにもかかわらず急性期の症状が持続する例もあれば、新たに(あるいはいったん改善したが再び)症状が生じて持続する例もある。


 厚生労働省は昨年12月、『新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き』の別冊として『罹患後症状のマネジメント 暫定版』を初めて作成。その後、改訂を加えた第1版を今年4月、第1.1版を6月に公表した。別冊は総論に始まり、呼吸器、循環器、嗅覚・味覚、神経、精神、痛み、皮膚の臓器等と小児に分けてアプローチを述べ、リハビリテーションと産業医学的アプローチで締めくくられている。


 冒頭には「本手引きの目的と限界」として、新たな科学的知見を取り入れ必要に応じて改訂を行うため、内容が大きく変更される可能性があることを明言。また、心疾患や脳炎など他疾患による症状を見逃さないよう除外診断が必須と注意喚起をしている。罹患後症状を訴える患者に対する診療やケアの手順は標準化されていないが、「多くの場合、かかりつけ医等が専門医と連携して対応できる」「長期的なケアには多職種の連携も重要」として、多様な関係者の参考になるよう作成したという。原因や病態が未解明でおそらく一様ではなく、当面は多職種連携で多様な症状に対する対症療法とケアを行っていかざるを得ないLong COVIDの現状を反映した構成といえる。


■Nature誌もEATに言及


 罹患後症状の病態については諸説あり、これまで①ウイルスに感染した組織への直接的な傷害、②ウイルス感染後の免疫調節不全による炎症の進行、③ウイルスによる血液凝固能の促進と血栓症による血管損傷・虚血、④ウイルス感染によるレニン・アンジオテンシン系の調節不全、⑤重症者の集中治療後症候群などが論じられている。このうち①②に関わる知見が9月11日、認定NPO法人日本病巣疾患研究会第10回学術集会のシンポジウム『上咽頭擦過療法の臨床』で報告された。発表者は西憲祐氏(福岡歯科大学総合医学講座耳鼻咽喉科学分野)。内容は、Long COVIDに対する上咽頭擦過療法の有効性を解析し、その機序を組織学的な変化とサイトカインの側面から検討したものだ。以下に概要を紹介する。


【上咽頭擦過療法(EAT)とは】0.5%~1%塩化亜鉛を浸した綿棒や咽頭捲綿子で上咽頭を軽微な力で擦過して炎症を鎮静化する治療。従来の手技(シンプルEAT)に加え、現在では主に耳鼻咽喉科で、内視鏡を併用したEAT(E-EAT)も行われている。咽頭症状(慢性咳嗽、後鼻漏、咽頭違和感等)に有効とされ、扁桃病巣疾患(扁桃が原病巣となり、扁桃から離れた臓器に反応性の器質的/機能的障害を引き起こす疾患)の治療も試みられている。



【Long COVIDに関する既報】Long COVIDの発症率は発症者の14~80%とされ(報告により開きあり)、6ヵ月後も6割の患者が何らかの症状を有するとの報告もある。症状は多岐に及ぶが倦怠感、頭痛、集中力低下、咳嗽などの頻度が高いとされる。原因は未解明だが、ウイルス消失後も体内に炎症が残っていることが一因と推測されている。しかし、炎症の残存部位は特定されていない。


【Long COVIDにEATが有効である可能性】みらいクリニック(福岡市)のコロナ後遺症外来を受診したLong COVID患者58例(13~68歳、平均38.4±12.9歳、PCRによるCOVID-19診断後、2ヵ月以上症状が持続)の上咽頭を内視鏡で観察し、全例に上咽頭炎を認めた(軽症3例、中等症30例、重症25例)。そこで、SARS-CoV-2感染後の上咽頭における炎症残存がLong COVIDに関与している可能性を考え、EATで治療介入。週1回、4週間の施行により、上咽頭炎グレードの改善傾向が見られた。

 また、Long COVIDで頻度が高いとされる3つの自覚症状(倦怠感、頭痛、集中力低下)変化を、0(無症状)~100(今まで経験した中で最も辛い症状)の視覚的アナログ尺度(VAS)で評価してもらった。その結果、中央値が65→23、49→11、52→36と改善傾向が認められた。以上よりLong COVID患者では慢性上咽頭炎が高率に合併しており、EATが有効である可能性が示された〈文献❶、2022年4月〉。


【Nature誌コラムの指摘】同誌のシニアリポーターが世界の専門家8名に取材し、原因の多様性から、いまだ標準治療が確立されていないLong COVIDの現状を報告。森岡慎一郎氏(国立国際医療研究センター)のコメントとして、文献❶を挙げ、日本でEATが試行されていることを紹介。ただ、現状ではランダム化比較試験が行われておらず、侵襲的な治療であることへの懸念が指摘された〈文献❷、同8月〉。


■ウイルスの標的、上咽頭で起きていること


 西氏は、EATの作用機序を探るために行った以下の研究も紹介した。これまでの研究では、上咽頭の扁平化生による炎症細胞の集簇(群がり集まること)や炎症性サイトカイン発現低下の関与が示唆されている。


【EATによる粘膜組織の変化】慢性上咽頭炎患者〔EAT未施行7例、EAT施行(週2~3回、4週間以上)11例〕の上咽頭粘膜を内視鏡を用いて生検。その結果、未施行例の上咽頭は教科書通り気道線毛上皮に覆われていた。一方、EAT施行例では線毛構造が消失し扁平上皮化生が起きるとともに、粘膜直下に線維性の間質が新生した〈文献❸、2022年1月〉。花粉症の治療として行われる鼻粘膜レーザー焼灼術では、扁平上皮化生と線維性間質の新生に伴う炎症細胞の集簇低下により、咽頭のアレルギー症状が抑制される。組織学的には、同術とEATの共通点が多く認められた。


【EATによるコロナウイルス侵入因子(受容体)発現の変化】上咽頭の気道線毛上皮には、SARS-CoV-2侵入因子であるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)とⅡ型膜貫通型セリンプロテアーゼ(TMPRSS2)が高発現していることが分かっている。そこで、「EATによる扁平上皮化生の結果、ウイルス侵入因子の発現が低下するのではないか」との仮説を立てた。

 免疫染色で上記のEAT未施行7例におけるACE2とTMPRSS2のタンパク質発現を見たところ、上皮の線毛細胞(線毛構造)で特に高いことがわかった。In situ hybridization法で免疫染色の正確性を確認したところ、やはり線毛細胞でACE2とTMPRSS2のmRNA発現が高いことが分かった。

一方、EAT施行11例では、線毛構造の消失と扁平上皮化生に伴い、ACE2、TMPRSS2のタンパク質とmRNAの発現が低下していた〈文献❸〉。


【EATによる炎症性サイトカイン発現の変化】Long COVIDの原因として、慢性炎症に伴うIL-6などの炎症性サイトカインの増加が複数の論文で報告されている。そこで、「EATの有効性は上咽頭の炎症性サイトカイン分泌抑制によるものではないか」と推測した。

 慢性上咽頭炎患者〔EAT未施行8例、EAT施行(4週間以上)11例〕の上咽頭粘膜におけるB細胞、T細胞、マクロファージ、内皮細胞を用い、IL-6の発現解析を行った。mRNAと細胞免疫染色の二重染色を行った結果、上咽頭では主にB細胞がIL-6mRNAを発現していたが、EAT施行患者では、この部位におけるIL-6発現が有意に低下。また、他の炎症性サイトカインであるTNFαの発現も低下していた。

 EATはLong COVIDに合併した慢性上咽頭炎に伴う炎症性細胞分泌を抑制することで、症状改善に寄与している可能性がある〈文献❹、同8月〉。



■さまざまな角度から見る大切さ


 紹介した❶❸❹の研究には、複数の大学(福岡歯科大学、福岡大学、九州大学)と専門分野(耳鼻咽喉科学、細胞生物学、微生物・免疫学、病理学)、クリニック(内科、歯科、耳鼻咽喉科)の歯科医師・医師が関わっている。また、EATの作用機序として瀉血や迷走神経刺激による効果も推測されている。瀉血された血液中成分(炎症性サイトカインなど)の特徴は、これまでの研究の延長線上で実施可能かもしてない。迷走神経刺激について西氏は、「自分の専門外なので詳しくはない」が「(日本病巣疾患研究会は)他科の先生などプロフェッショナルの集まっている会なので、いろいろな検討ができるのではないか」と期待感を示した。


 慢性上咽頭炎が、肩や首のこり、喉の違和感、後鼻漏、嗄声・鼻声、鼻閉など多くの不定愁訴の原因になることは1930年代から報告されていた。1960年代には東京医科歯科大学の堀口申作氏と大阪医科大学の山崎春三氏(いずれも耳鼻咽喉科初代教授)を中心に数多くの発表がなされた。さらに堀口氏は、上咽頭剥離細胞診で診断した上で、1%塩化亜鉛液を上咽頭に塗布する「Bスポット療法」(シンプルEAT)の有用性について、自律神経反射の関与などを提唱した。その後、1970年代にかけて一時普及の兆しがあったが、欧米誌に英語論文で投稿されなかったこと、「何にでも効く」的な誤解、手技のばらつきなどの要因により、医師の関心は薄れ、一部の耳鼻咽喉科医のみが継続してきた。


 しかし、2010年代以降、光学機器の進歩により上咽頭の観察やE-EATが可能になったことや、上咽頭における神経反射の解明に伴い、慢性上咽頭炎とEATに再びスポットが当たった。2019年にはエビデンスの蓄積に向けて、日本口腔・咽頭科学会に上咽頭擦過療法委員会(原渕保明委員長)が発足し、多施設共同前向き調査を実施中である。


 2013年に設立された日本病巣疾患研究会は「木も見て森を見る医療」を合い言葉としており、学問分野や診療科別にバックグラウンドの共通点が多い専門家が集う既存の学会・研究会とは趣が異なる。堀田修理事長は、「本質を見る」には「違った角度から見ることが不可欠」「自分と異なる見方の人が集まっていることが重要」と強調する。慢性上咽頭炎に対するアプローチは、Long COVIDに対する“ただひとつの解”とはならないだろうが、複数分野の医療者・研究者が協働し議論する中で、次のアイディアがどんどん浮かび実践されることを期待したい。

 

【本文中略語】

EAT:Epipharyngeal Abrasive Therapy(上咽頭擦過療法)

E-EAT:Endoscopic EAT(内視鏡下上咽頭擦過療法)


【リンク】いずれも2022年9月25日アクセス

文献❶ Imai K, Nishi K et al. Viruses. 2022; 14(5): 907.

https://doi.org/10.3390/v14050907

文献❷ NEWS FEATURE. Ledford H : Long-COVID treatments: why the world is still waiting.

https://www.nature.com/articles/d41586-022-02140-w

文献❸ Nishi K et al. In vivo. 2022; 36(1): 371-374.

https://iv.iiarjournals.org/content/invivo/36/1/371.full.pdf

文献❹ Nishi K et al. International Journal of Molecular Sciences. 2022; 23: 9205.

https://www.mdpi.com/1422-0067/23/16/9205

 

原渕保明, 熊井琢美. 扁桃病巣疾患と慢性上咽頭炎の概念と歴史的背景. 日本臨牀. 2021; 79(7): 949-958.

 

[2022年9月25日現在の情報に基づき作成]

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。