米空軍が8月中旬から9月初めまで輸送機オスプレイの飛行を停止していたことが日本でも報じられたことがある。米防衛専門誌によると、理由は「世界各地に展開している米空軍で過去6週間にオスプレイCV22が2件の事故を起こしたことが原因で、事故で人命が失われることはなかったが、原因を特定するためだ」と伝えていた。


 米軍では、オスプレイは陸軍では不使用、空軍、海軍、海兵隊が使用している。海軍はCV22BとCMV22Bを、空軍はCV22、海兵隊はMV22を採用している。在日駐留米軍ではCV22が東京・横田基地に、沖縄には海兵隊のMV22が配置され、自衛隊も陸軍用のV22が配置されている、さらに「暫定」とされているが、目下、千葉県の木更津基地に駐機し、地元から心配の声や反対する動きもある。


 周知のように、オスプレイはヘリコプターとして離着陸し、ホバリングもできる。上空では飛行機となって水平に飛ぶ。大型ヘリがあるにはあるが、ヘリコプターだからスピードは遅い。ところが、オスプレイは多くの兵員や物資を搭載して飛行機のスピードで飛ぶのだ。離着陸時はヘリだから飛行機のような滑走路がいらない。ヘリであり、飛行機なのだから、優れた輸送機である。第2次大戦後に計画したそうだが、考案した人物は頭がいいなぁ、と感心する。


 だが、その一方、操縦する人は大変だろうなと想像される。なにしろ離着陸ではヘリの操縦士であり、水平飛行するときは飛行機のパイロットなのだ。1人2役を果たさなければならない。それだけに操縦は難しいだろうと思う。


 実は、週刊誌の記者時代に2人のパイロットと昵懇になった。1人は化粧品会社が所有するビジネスジェット機の操縦士のKさんで、もう1人は航空自衛隊のパイロットから航空会社にスカウトされ、旅客機の操縦士になったTさんという人である。航空会社のOBから紹介され親しくなったTさんは会社を退職。ボーイングやエアバスのテストパイロットや幹部と親しかったことを生かし、航空機のコンサルタントをしていた。


 一方のKさんは国立大学を卒業後、飛行機に乗りたくてパイロットになったという変わり種の人物だった。広報部の名刺を手に突然、来社し私に会いに来た。しばらく前に、この化粧品会社のオーナー社長のことを記事にしたことから懇意になっておきたい、ということかと思い、応接室で名刺交換したのだが、雑談中、K氏は本業はビジネスジェット機のパイロットとして化粧品会社に入社、広報の合間にジェット機のパイロットをしていると語ったのには驚いた。


 ともかく、広報の話よりもパイロットの話で親しくなった。なんでも、以前、日本コカコーラのビジネスジェット機のパイロットだったそうで、ジェット機を化商品会社に売却したことから必然的に化商品会社に転職したそうだ。


 日本コカコーラの社長用ビジネスジェット機については昭和50年代、週刊誌で取り上げたことがあったので、不思議な縁だと感じた。記事の発端は日本コカコーラの社員の話である。この社員によると「日本本社の掲示板に『前総務部長は会社の資金1億円を使い込んだので解雇した』という掲示が出た。ほとんどの社員はそんなことは知らないから、みんなへえーと驚いた」というのである。早速、「解雇された」とされる前総務部長氏の自宅に行くと、猛烈に怒っているのだ。記者に怒っているのかと思ったら、そうではなく、社長に怒っていたのだ。


 ともかく、前部長氏によると、米国ジョージア州アトランタの本社が指名した人物が日本法人の新社長に就任したのだが、この新社長は元ヒッピーで、どういうわけかアトランタの本社が日本法人の社長に抜擢してしまったそうだ。欧米企業にはときどき、日本語を知っているとか、日本にいたことがある、というだけで日本法人の社長にしてしまうことがあるそうだが、そういう類らしい。


 が、元ヒッピー社長はとんでもない人物で、就任するや、ビジネスジェット機を購入し、羽田空港に駐機できるようにしろと命じたというのだ。前総務部長氏が種々調べると、羽田空港や成田空港など主要空港は民間のビジネスジェット機を駐機させないことになっている。ただ例外があって、海上保安庁や消防庁など公的な機関が必要なときには何時いかなるときでも提供する条件付きで、ビジネスジェット機を駐機させてもらっているそうで、そういう民間会社が2社あることがわかった。


 そこであちこち公的な機関に足を運んでみた結果、日本赤十字社に必要なときは何時いかなるときでも協力するということで、ビジネスジェット機の駐機を認めてもらうことに成功した。その間の運動費などの経費に使ったのが1億円。ヒッピー社長の命令を果たしたところで退職したという。


 ところが、後輩から使い込みの貼り紙が出ていると聞き、元ヒッピー社長は自分のために使わせた1億円を総務部長の使い込みだ、と社内で公表するとは何事か、と怒っていたのである。むろん、話が面白いので週刊誌に記事にしたのは言うまでもない。


 その後、アトランタの本社が慌てたらしい。なにしろ、日本コカコーラは世界各国のコカコーラの中で最も利益を上げる超優良会社である。不祥事が響いては大変と悟ったのだろう、ヒッピー社長はアトランタに戻され、代わって本社の幹部が日本社長として赴任してきた。むろん、ビジネスジェット機は売却したと噂に聞いていた。そのジェット機をパイロットともども購入したのが化粧品会社だったのだ。羽田空港の駐機も取り消しである。


 その後、K氏は広報部を離れ、大阪・八尾空港でジェット機の操縦と管理をしていた。東京に来ると、時々会うようになり、そんな折、化粧品会社になぜビジネスジェット機が必要なのか聞くと、K氏は「好成績を上げたセールスレディたちを乗せて八丈島や北海道に行くんです。みんなビジネスジェットに乗って行くというので大喜びですよ」という。


 ついでに一度、一緒に伊豆大島にでも行きませんか、と誘われたが、どこの空港から乗るのか、と聞くと、「羽田も成田も乗り入れできませんから、東京に近いのは(群馬県の)高崎空港です」という。高崎まで行くのが大変だから遠慮したが、このK氏にヘリコプターでも会社で買ってヘリで案内したらどうか、と聞いたことがある。すると、K氏は「ヘリは無理です。プロペラ機なら操縦できますが、ヘリはまったく別物。操縦の仕方がまるで違いますよ」というのだ。ヘリを操縦するためには、改めてヘリの教習所に通って教育を受ける必要があるそうだ。


 元旅客機のパイロットのT氏にも聞いたことがある。彼はジェット機にもプロペラ機でも操縦経験があるし、外国の航空機製造会社が開発したばかりの新型機でも操縦したことがあったそうだが、やはり「ヘリコプターは無理です」という。操縦桿がまるで違うし、改めてヘリの訓練を受けないと操縦できない」というのだ。


 どうやら、飛行機とヘリコプターの操縦は違うものらしい。ということは、オスプレイのパイロットは飛行機の操縦とヘリコプターの操縦の双方に熟練したものでなければならない。ヘリコプターの操縦をして上空に達したら、今度は飛行機のパイロットになって水平飛行をしなければならないのだ。米軍は熟練させるそうだが、如何に熟練パイロットでも常に二刀流を使い分けなければならないのは荷が重すぎはしないか。


 飛行機は一瞬の隙が事故に繋がるという。T氏は私にジェット機の計器はアナログ表示が必要であるという。どうしてデジタルにしないのか、と聞くと「人間の脳はアナログだ。不測の事態が発生したとき、パイロットはまず計器を見るが、もしデジタルだったら、一瞬、何時だったか、と考える。その一瞬が怖い。事故に繋がる。その点、アナログなら計器の針の傾きが何時だったかが瞬間的に頭に入る。この一瞬の違いが墜落するか、助かるかの差になるからだ」と説明してくれた。音速の戦闘機ならなおさらだという。


 オスプレイでも同じだろう。ヘリから飛行機に変える一瞬が、また飛行機からヘリに変更する一瞬はパイロットにとって最も緊張する瞬間だろう。ヘリが飛行機に変わり、また飛行機がヘリに替わる輸送機というのは理想的だし、素晴らしい。だが、理論的には可能でも操縦は必ずしも理論通りにはいかない。風力や風向の違いがあるだろうし、温度や湿度の違いによる場合もあるかもしれない。理論と現実には違いがある。


 オスプレイの事故はヘリコプターから飛行機に変わるとき、逆に飛行機からヘリに変わるときに起きやすいだろう。幾ら熟練であっても人間だからミスをゼロにはできない。駐留米軍、自衛隊はオスプレイ導入での際、離陸に当たってはヘリのまま海上に出て、海上で飛行機に転換する、ことになっているが、実際にはなかなか守られていない。それもそのはずだ。パイロットは万一を考える。万一、ミスったとき、海上だったら助からないかもしれない。陸地の空なら助かるかもしれない。あるいは、それ以上に早く飛行機に転換して安定飛行に入りたい、と思うだろう。それを考えると、あまり無理を言えないような気がする。まして、戦争状態下での利用はオスプレイの能力をいかんなく発揮するだろうが、それ以上に神経が張り詰めたパイロットには緊張感から事故のリスクは高まるのではなかろうか。


 ところで、米空軍はオスプレイ飛行停止の間、必死に原因を探しただろう。だが、機体に異常はないはずだ。2件の事故で死亡者が出たわけではなかったし、原因不明のまま飛行停止を解除したのだろう、と察しがつく。多分、調査の結論は「操縦ミス」ということに行きつくのだろう。


 画期的な理論に基づくオスプレイは素晴らしい輸送機だが、人間の緊張時の心の中までは読めない。そこにオスプレイの陥穽があるような気がする。考え過ぎだろうか。(常)