筆者はその言動や雰囲気故か、初対面の人にも、酒には強いと思われるようである。元気印で、非先進国に何の抵抗もなく出かけていくし、行った先で、筆者の体調不良で困ったという話が出てこない。加えて、現地調査の行動隊では、多くの場合、筆者のみが女性で、ほかは全部男性、というケースがまことに多く、その男性陣メンバーから、いろいろと現地調査中のエピソードが面白おかしく語られ、それが流布したからではないかと思われる。そして、現実に、筆者は酒には強い方であると思う。ハハハである。


 まあ、これは、女性研究者にしか共有できない感覚であるとは思うが、このような状況というのは、ある意味、女性研究者の“勲章”みたいなところがあった。そして、そうでないと、オトコ社会である研究者仲間に入れてもらえない、肝心な情報を共有させてもらえないという現実があった。そういう意味では、酒に強そうで現実に強いという筆者像は、頑張って筆者が作ったもののような気がする。


 さて、薬用植物の現地調査は、「薬」という概念が、そもそもヒトがそれを使うことが大前提にあるものなので、植物だけを相手にしていてできるものではない。必ず、それを使うヒトとの接触が加わる。薬としての情報を植物というモノとセットで収集する必要があるのである。情報は、経験に基づくものが大半で、場合によっては、初対面の外国人にはまったく開示してもらえないこともある。情報をもらうためには、当方が、情報を持つ者に心をゆるしてもらえる存在になるということが肝要で、その手段というか、儀式というか、テストというか、そういうことにしばしば使われるのが、現地の酒を酌み交わすということであった。


 言葉を尽くしてお互いの理解を深めることができれば、酒を酌み交わす必要はないのかもしれないが、現地調査はその国の中でもいわゆる田舎部で聞き取りや採取を行うことが多く、使われている言葉は方言や非公用語であることの方が多い。そうなると、都市部から同行する現地研究者でも完全に理解することは難しい。身ぶり手ぶりを加えてあれこれ説明して、なんとか調査目的や方法をわかってもらえたかなあというころに、先方が飲み物や食べ物を用意し始めてくれれば、上等の首尾である。


ウズベキスタンの田舎での歓迎の宴席テーブル。季節のナッツと果物がふんだんに盛り付けられる。

 

ウズベキスタンの田舎のおやつ。果物とナッツ類、サワークリームと丸いパン(ナン)は、大家族ならどこでも常備しているセットだった。

 

 こういう場面で、東アジアの国々では酒類ではなく、季節の果物、芋類やトウモロコシのふかしたのなどが振る舞われることが多かったように思うが、中央アジアでは時間に関係なく、ウォッカが出てくることが多かった。中央アジアはイスラム教を信仰する人たちが多く、一般的にイスラム教では飲酒は禁止されているはずだが、イスラム教にもいろいろあって、飲酒や礼拝の頻度などについて、おおらかなイスラム教徒が多かったように思う。はるか外国から来た客人をもてなすためという理由をつけて、一緒にウォッカを楽しんでいるようだった。


カンボジアのおもてなしで提供されたスズメバチの巣の油ソテー。幼虫と蛹がぎっしり詰まった巣だった。

 

ウズベキスタンのブハラ地区での歓迎の宴テーブル。ウォッカで乾杯し、区長にあたる人がとっておきの器と食材でもてなしてくれた。

 

 あからさまに酒類を伴う宴が用意されるのは中国だった。中央アジアも中国も、食事を共にすることで仲間意識を作り、連帯感を高めるというところは共通していたように思うが、中国はそこで酒飲み競争とでもいうべきバトルが始まる。互いの盃に白酒を注いでは両者で一気に飲み干し、盃が空であることを見せ合って、1ラウンド終了といった感じである。これを、参加者全員と個々に、また何度も何度も繰り返す。一緒に乾杯させていただくことで、相手に敬意を表するというような意味があるのだと思うが、儀式のようにひとつずつ手順を踏むのは初めのうちで、そのうちに酔いが回ってくると、部屋中を盃を持って歩き回りながら、喋りながら、乾杯を繰り返す様相である。


 食事をしながらの連続乾杯ではあるが、白酒はアルコール度数が25度から40度ほどある強い酒であるし、チビチビでは無く、少量ずつとはいえ、短時間に一気飲みを繰り返すので、一回の宴席でかなり多量のアルコールを摂取することになる。宴席はたいてい夕食の時間に催されるが、宴席の途中でつぶれてリタイアするのは論外で、数時間に及ぶ宴の最後まで飲み続け、食べ続けて、握手で宴席を終了する。が、それで終わらない。勝負は次の日の朝である。次の日の朝、当方は旅行者であるから、宿泊している宿まで現地研究協力者等に迎えにきてもらうわけだが、その時に、前夜の宴席でしこたま飲んだ白酒のせいで、いわゆる二日酔い状態であるほうが「負け」なのである。しゃんと気持ちよく「おはよう」と挨拶して、一緒に調査に出かけることが期待される。当方がしゃんとしているのに、前夜に一緒に乾杯を繰り返した現地研究協力者のほうが、二日酔い状態でヘロヘロだったりすると、当方の勝ちとなり、通常はなかなか連れて行ってもらえない山奥の生薬採取地まで連れて行ってくれたり、生薬市場の奥まで案内してくれたりすることがあった。


カザフ:ある日の現地調査での昼食風景。この日はビールで水分補給。

 

 中国の例は、とてもわかりやすい例だと思うが、そこまであからさまではなくても、酒を酌み交わして親しくなることは、現地調査では多く経験することだったように思う。そしてそうやってやっと手に入れた情報もあった。しかし、最近では、世界的に健康志向なのか、中国も含めて、くだんのような無茶な飲酒競争はほとんどしなくなっている。ちょっと寂しい感じもしないではないが、いわゆる、ど田舎でもスマホで情報が取れる世の中には、穏やかな食事がふさわしいということなのかもしれない。筆者も、もう頑張らないでいいなら、それに越したことはないと思う。


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伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。元京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けば京都大学一筋。研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれた。途上国から先進国まで海外経験は豊富。教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多かった。現国立医薬品食品衛生研究所生薬部部長。