還暦を過ぎた年齢でありながら、シニア向け終活特集や健康記事は読む気が起こらない。調べる必要が出てくれば、ちゃんとした専門の本を読むわけだし、30~40代の記者たちが付け焼刃で編集した「それっぽい記事」には「眉唾感」を覚えるのだ。というわけで、今週の週刊文春記事『100歳まで健康に生きる油の摂り方新常識』はいつも通り読み飛ばしたわけなのだが、週刊新潮に載っていた似たタイトルの『死亡リスク増大! 100歳まで生き抜くための「死に至る『孤独』」対処術』(筆者は前野隆司・慶応大教授)に関しては、なぜか珍しく熟読した。初老の独居男性として、文字通り「身につまされて」のことだった。


 それによれば、1989年に2.1%だった65歳以上の刑法犯検挙者が2021年には22.8%と10倍以上に増えるなど、「不機嫌な老人」が急増中。その背景には、高齢者のみならず社会全体に「孤独」が広がった近年の変化があり、その結果として「単身高齢者問題」が浮上してきたのだという。


 興味深いのは、心を穏やかにし前向きにする「セロトニン」という脳内物質について説明したくだりだ。その分泌能力を決定づける遺伝子は「高→低」の順にLL型、LS型、SS型の3タイプで、国際的に見て日本人はSS型が多く約7割、遺伝子的に不安に陥りやすい民族であるらしい。古くからの「ムラ社会」は、そんな日本人を孤独感から守る面も持っていたのだが、戦後、息苦しいしがらみが敬遠され、個人主義が強まってゆくなかで、地域でも職場でもこのシステムは崩壊した。各人がそれぞれ孤独に立ち向わねばならない時代になったのだ。


 一方で、たとえ独居者でもそれを不幸に感じるかどうかには個人差があり、ひとりでもさほど寂しさを感じない「幸せな孤独」の人もいるという。おそらく自分はそのタイプに違いない、と半ば言い聞かせるようにして読み進むと、老後、寂しさに苛まれるタイプには、職場で高い地位にいてプライドの高い男性が多いとのことだった。


 その点でいえば、私は40歳前に脱サラしてフリーになったため、60歳や65歳で定年になる人よりずっと早く「ひとりだけの状態」への耐性ができている。会社を辞めたあと、南米の未知の国で数年間暮らしたこともあり、しばらくは環境の激変が辛かった。会社員時代は「暑いね」「寒いね」から他人の噂話まで1日中、何かしら言葉は発していた。大半は中身のない、どうでもいい会話だし、相手との関係も浅かったが、いざこういった「どうでもいい日常の会話」がスッポリなくなると、とたんに「沈黙する時間の長大さ」を痛感したのである。


 今回とくにこの話題に目が留まったのは、那覇市長選取材に引き続き沖縄に滞在し、5年に1度世界各国から数千人もの移民の末裔が「ルーツの地」に参集する「世界のウチナーンチュ大会」(今回はコロナのため6年ぶり)の爆発的盛況ぶりを見たためだ。「ウチナーンチュであるというアイデンティティー」、ただその一点で来訪者も地元の人たちも出会いに打ち震え、抱き合わんばかりに交流する。おそらく沖縄系の人々は、セロトニンの分泌が遺伝子的にほとんどLL型なのだろう。ヤマトンチュの私はその光景をうらやましく見つめるしかなかったが、この気質の差はどうしようもない。せめて独りぼっちを暗く考えず「幸せな孤独」を味わってゆく方向で老後を過ごしてゆくつもりだ。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。