仕事でお世話になった先輩や取引先、叔父叔母といった親戚など、かなりの数の直接知っている人々が鬼籍に入る年齢になった。


 病気で長期間闘病していたり、いわゆる“ポックリ”だったり、死に至るまでの経過は人それぞれだが、訃報に接すると、「治療・療養はどうだったのか?」「幸せな最期だったのか?」等々晩年に思いを巡らせてしまう。


『寿命が尽きる2年前』は、長く高齢者医療に携わってきた著者が、どうすれば寿命を延ばせるのか? 亡くなる前の兆候、治療や検査といった医療に対する考え方など、「寿命」にまつわるアレコレを考察した1冊だ。


 ○○を食べる、△△の健康食品、□□のサプリメント、××をする……。健康長寿を求めて、あれもこれもと“健康法”を試している高齢者をしばしば目にするが、信ぴょう性が微妙な情報も少なくない。今や高齢者が主要ターゲットの一般週刊誌だが、〈医者がこう言っている、医者がこれを勧めている、そう書くことで、週刊誌は記事の信頼性を担保(あるいは責任転嫁)しているのでしょうが、とても信用できません〉とは、本サイトの読者なら常識か。


 なぜか昔から騒ぎにならないのが「検査被爆」の問題だ。「早期発見・早期治療が一番」と検査をきちんと受けている人も多いが、〈胃のバリウム検査やCTスキャンなどでは、かなりの量の放射線を浴びる〉。


〈二〇〇九年にイギリスのオックスフォード大学で行われた研究で、日本は世界でもダントツに検査被曝による発がんが多い国と指摘され〉たという。検診や人間ドックでは、効果とリスクがきちんと検証されていないものもある。あらためてデータをもとに各種検査の意義を検証したほうがいい。


■クモ膜下出血は“人生最悪の痛み”


 どの高齢者に聞いても、「がんで苦しんで死ぬより『ぴんぴんコロリ』がいい」と答えるが、実のところ「ぴんぴんコロリ」も一般的なイメージほどいいものではなさそうだ。身内が突然死した場合の残された家族の負担については、前回取り上げた『異状死』に詳しいが、〈いわゆるポックリ死の原因となる心筋梗塞やクモ膜下出血は、激烈な痛みを伴います。クモ膜下出血などは、人生最悪の痛みと言われますし、心筋梗塞も激しい胸痛と絞扼感があります〉という。


 本人にとっても、イメージほどにいいものではなさそうだ。


 一方、がん種や進行度合いにもよるが、がんは〈無闇に長生きをせず、死ぬまでに時間的な余裕がある〉という部分もある。ある知人は、がんと診断されて以降、行きたいところに行き、無用な延命治療を拒んで、希望どおり自宅で亡くなった。本人も家族も納得の“死に支度”だった。


 このところ、延命治療を拒む患者も増えてきているが、家族が希望して延命治療に入るケースも少なくない。


 ただし、本書で描写されている延命治療の現実はシビアなものだ。人工呼吸器や各種パイプにつながれた姿まではイメージできていたが、〈全身が浮腫んで手足が丸太のように腫れ、髪の毛は抜けて、黄疸で皮膚は文字通り土気色になり、顔の相が変わって、口や鼻だけでなく目や乳首からも出血し、肛門からは下血でコールタールのような便があふれ、生きたまま身体が腐っていくようにもなって、病室は悪臭に満たされ〉るという。


 いたたまれずに、家族の申し出で延命治療をやめたとしても、〈いわゆる尊厳死になって、医者は訴えられたら殺人の容疑で逮捕される〉。いったん延命治療を選択すると、止めるのも簡単ではない。


 胃ろうについてもしかり。以前取材した医師が、「胃ろうを設置すると、よくも悪くもかなり元気になる」と言っていたが、〈意識もなくて無言無動で、何の反応もない状態で死なない〉といった事態も生じ得る。


 本書に登場する神奈川県三浦市立病院の院長だった丸山理一氏は、胃がんと診断された後、治療を選択しなかった。〈治療を受けないと決めたのは、長生きをしすぎて、悲惨な状態になった患者さんを多く見てきたから〉だ。


「治療をしない」は極端なケースだが、一定の年齢になったら“死に方”もイメージしておいたほうが、残された人生を有意義にかつ楽しく過ごせそうだ。丸山氏の場合、〈プールで泳いだりして、ふだん通りの生活を続け、精神状態もきわめて平穏だった〉とか。


 食が細くなった、活動量が減ったというのは、寿命が迫っている有力な徴候だ(残り2年かどうかは別にして……)。どんな死に方をしたいか、考え始める契機となる。


 著者は、〈人生の潮時、すなわち“死に時”は、六十歳と考えるのがいいのではないか〉と提言している。70歳になれば10年長生きできたと思える、というわけだ。60歳では少々若すぎる感じもするが、 “儲けもの”と思って生きれば、無駄な延命治療という選択肢を排除して、ポジティブな老後になるのかもしれない。(鎌)


<書籍データ>

寿命が尽きる2年前

久坂部羊著(幻冬舎新書990円)