基本的に国政選挙に吹く「風」は、各メディアの世論調査以外にそれを把握する合理的根拠はない。知人たちの評判も、電車内や喫茶店で耳にしたおしゃべりも、所詮は極小のサンプルだ。そういった「世間の空気」やら「体感」だけを拠り所に選挙結果を予測する物言いは、当たるも八卦当たらぬも八卦、2分の1~3分の1の確率で「当たることもあるヤマ張り」に過ぎないのだ。


 昭和から平成初期にかけ、新聞記者として3つの総選挙、ひとつの参議院議員選を担当した経験からすると、世論調査以外で唯一「風向きの体感」を得ようとするならば、有力候補の選挙カーを連日追走し、沿道の反応を見比べることくらいだろう。街頭演説や決起集会の比較では、各候補の「組織力」「動員力」がわかるだけで、ふわふわした中間層の動きは目に見えない。


 何が言いたいのかと言えば、自国の選挙の予測さえかくも覚束ないものなのに、外国選挙の雲行きなど、現地を多少歩こうが到底わかるものではないということだ。米国のトランプ氏、あるいはトランプ派の勢いにまつわる「肌感覚」なんてものは、春先のペナントレース予測と同程度に当てにならないものである。よりストレートな言い方をするならば、前々回の米国大統領選で「自分にはトランプの勝利が見えていた」と誇り続けている高齢のコメンテーター氏=元NHKキャスター=は見苦しく、胡散臭いということだ。


「赤い波」は来なかった――。大方の現地メディアの予測を裏切って先週のアメリカ中間選挙は民主党が健闘し、2年後の大統領返り咲きを目指すトランプ氏の勢いを挫く結果になったと報じられている。「狂ったように振れていたアメリカ政治の針が、ようやく正常に戻る兆しが見えた」。『アメリカの針路』と銘打った今週のニューズウィーク日本版『バイデン外交2.0が始まる』という記事は、そんな書き出しで始まっている。陰謀論を撒き散らすポピュリスト・リーダーをとことん苦手とする身としては、米国民の選択に安堵する思いである。


「共和党に投票する理由を一般有権者に尋ねたら、民主党はアメリカを破壊しているからと答えるだろう。共和党が政権を取って何をするかについては、ほとんどの有権者が答えられないはずだ」「現在の共和党は事実上、不安と不満の党であり、変化の潮流に徹底してあらがっている」。やはり、同誌の記事『なぜ民主党は「赤い波」を防げたのか』にある辛辣な論評は、世界的な分断の「トランプ派的サイド」への私自身のイメージを的確に代弁してくれている。日本でいえば自民党の「コアな支持層」(清和会的右派層)にも共通しているが、イデオロギー過多な彼らは「左派・リベラル」への否定的感情でのみ結集し、それ以外に目指すものがない人々に見えてしまうのだ。


 週刊文春では『池上彰のそこからですか』にこの中間選挙の解説が出ているが、私自身は池上氏をさまざまなニュースを平易に解説する能力で評価するものの、特定の分野に精通した専門記者とは見ていない。なので、米メディアの予測とは別に「私自身の肌感覚では、選挙戦の流れに二回変化が見られました」などと書かれると、いささか鼻白む気分になってしまう。それならば同じ文春の米国在住筆者による『町山智浩の言霊USA』が米メディアの報道内容を細かく紹介し、面白おかしく選挙を解説した「おふざけ文章」のほうがまだ、現地報道に基づく分、素人日本人の「肌感覚解説」より価値ある情報に見えてしまうのだ。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。