大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が27日放送の「八幡宮の階段」で3代将軍・実朝の暗殺シーンを描いたあと、残り3回で承久の乱から主人公・北条義時の死に至るクライマックスを迎える。私は2013年の朝ドラ『あまちゃん』や19年の大河『いだてん~東京オリムピック噺~』でその才能を発揮した脚本家・宮藤官九郎氏の大ファンだが、04年の大河『新選組』がそうだったように、陰惨な「内ゲバ殺人」の歴史物語を、かくも魅力的な群像劇に仕立て上げた三谷幸喜氏の手腕にも、改めて魅了されている(16年の大河『真田丸』も優れた三谷作品であった)。


 近年のNHKと言えば、ニュース番組の「大本営発表化」があまりに露骨だし、民放を模倣したバラエティーの増加にも思うところが多々あるが、宮藤氏と三谷氏、このふたりの脚本家の大作を時折視聴できるというただ一点のメリットで、受信料への不満をかろうじて吞み込んでいる。


 今週の週刊新潮は、そんな大河の最終盤を目前に、歴史学者・呉座勇一氏による『いざ「承久の乱」!『鎌倉殿の13人』クライマックスを深く楽しむ“見どころ”指南』という特集を組んでいる。呉座氏は、若くしてベストセラー『応仁の乱』を書き、井沢元彦氏や百田尚樹氏による「陰謀論的な歴史読み物」の害悪を手厳しく批判する発言でも注目を集めてきた論者だ。今回の『鎌倉殿の13人』をめぐっては、当初時代考証の担当者になる予定が、SNSでとある女性学研究者を中傷する投稿をしていたことが騒ぎとなり、この仕事を降板する事態にもなっていた。


 そんな彼自身にとっても因縁ある『鎌倉殿~』のドラマだが、歴史小説や歴史読み物があまりに好き勝手に史実を捻じ曲げる風潮に強い不満を示してきたこの呉座氏が、今回の三谷脚本に関しては「もちろんドラマは実際の歴史とは異なる『歴史ファンタジー』である。しかし、脚本家は史実を素材にして、それに脚色を加えてスリリングな物語を作る。したがって、筆者からすれば、『あの史料にある断片的な記述を、こんな面白いエピソードに料理できるのか』という感興が加わり、ますますドラマを楽しめる」と手放しで讃えている。


 つまり、三谷脚本は自在に物語を操るように見えながら、歴史的事実は決して歪めない、そんなストイックさを専門的立場から認めているのである。史実という窮屈な「足枷」をはめながら、週替わりで視聴者を驚かせ、その感情を揺さぶるのだから、氏の才能はやはり本当に規格外なのだろう。


 呉座氏が指摘する『鎌倉殿~』最終盤の見どころは、承久の乱をめぐる後鳥羽上皇と北条義時・政子による武士扇動の攻防だ。上皇が打倒を目指したのは、あくまで鎌倉を支配する義時個人であり、幕府ではない。御家人の心が義時から離れれば、それは可能なはずだった。ところが尼将軍・政子による「トリッキーな名演説」がこの野望を阻む。初代将軍・頼朝からの「大恩」を、もはや源氏の血を引かない将軍しかいない「北条家傀儡幕府からの御恩」にすり替えて、御家人の心をつかむことに成功したのである。


 記事はまた、承久の乱最大の激戦・宇治川合戦における北条泰時の活躍の描き方にも注目する。それにしても、幼少期から鎌倉や隣接市に暮らした私が、今回の大河にハマるまで、いかに鎌倉時代に無知・無関心だったかと改めて反省させられる。『鎌倉殿~』のPR番組に出た京都人の学者・井上章一氏は鎌倉幕府の草創期を「マフィアの抗争」という言い方で表したが、今年の大河はまさにこの戦慄の時代を描いている。私は地元民でありながら、鎌倉をただ「抹香臭い寺社の町」と捉え、「血で血を洗う権力闘争の古戦場」という認識は薄かった。「八幡宮の階段」を含めあと4回。結末を楽しみに待つとともに、早くも「鎌倉殿ロス」の芽生えを感じ始めている。


………………………………………………………………

三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。