11月13日(日)~11月27日(日) 福岡国際センター(画像は「NHKスポーツオンライン 大相撲『おすすめ動画』」など)


 28年ぶりの巴戦の末、休場明けの阿炎が初の賜杯を手にした。千秋楽までの終盤4日間は混沌とした優勝レースを展開して面白かったが、カド番大関と復帰を目指す元大関の堕落しきった相撲や、バタリと落ちる呆気ない取り口が目立った。場内も連日空席が多く盛り上げに欠けた場所になった。


立ち合いの変化をどう評価する?


 優勝した阿炎(前頭9枚目)は12日目の若隆景(東関脇)戦が分岐点だった。直前に1敗で先頭を走っていた豊昇龍(西関脇)が2敗で追っていた王鵬(前頭13枚目)に敗れたのを見て、3敗力士に優勝の目が出てきたからだ。こうなると阿炎は手段を選ばない。立ち合い迷わず変化し、大関取りの一番手で難敵の若隆景をはたいて勝ち名乗りを受けた。


<12日目/若隆景 ― 阿炎>


 解説者は憮然とした口調で「優勝争いのなかでは、もっと高い意識を持ってほしい」と苦言を呈した。阿炎は巴戦の高安戦でも立ち合い右に飛んで突き落とし、次の貴景勝戦では正攻法で決定戦を制した。貴景勝は目の前で変化を見せつけられて立ち合いに迷い、高安は覚悟を決めて突進した。


 立ち合いの変化はとても見苦しい。小兵力士が巨漢に立ち向かう構図ならば、それもある程度は許される。しかし、終盤の賜杯がチラつく段階になっての変化は気分が悪い。これも作戦、食らうほうが悪いとの見方もある。15日のうち1番くらいはという気もするが、肝心のところでは禁じ手と心掛けるべき。といって、対策があるわけでなく、長丁場のなかでの展開による。解説者の指摘通り、結局は力士の相撲に対する意識の問題だ。


次期大関争いの一番手は琴ノ若


 大関の最有力候補はこれまで若隆景だったが、今場所8勝7敗とギリギリの勝ち越しで2歩後退した。来場所以降続けて少なくとも13勝以上しないと、この成績は帳消しできない。今年1年間絶えず昇進レースの只中にいて疲労がピークに達している。あの筋肉質を見ると、もう一回り身体を大きくすることは厳しい。押し相撲力士に一気に持って行かれないためのパワーアップが必要だ。


 ただの暴れん坊と思っていた豊昇龍も人の子だった。今場所は12日目に同期の王鵬戦で緊張がアリアリだった。翌日からの連敗も上体が固くなり、足が付いていかなかった。サイズ的には若隆景と同じだから、来年1年間は若隆景が今年経験したように関脇をどのくらい維持できるかに費やされるはずだ。


<大関候補一番手の琴ノ若>


 最も有望なのは琴ノ若(前頭筆頭)。7月場所はコロナで途中休場したが、前頭上位で勝ち越し、中下位にあっては2桁挙げている安定感は抜群。体格も申し分なく、四つでも押しでも勝てる。驚異の「残り腰」は目を見張るものがある。巨体に似合わず軟体動物のように柔軟性がある。大鵬の再来は言い過ぎかもしれないが、相撲好きには堪らない魅力がある。課題は鋭い立ち合いと攻めの姿勢。横綱が視野に入る大関候補はこの男を置いて現在見当たらない。早ければ来年中にも昇格するのではないか。


ダメダメの2人は「一度だけでも大関症候群」か


 御嶽海と正代の堕落はいったい何が原因か。負ける原因は明確。稽古不足である。では、なぜ稽古しないのか? 大相撲は負け越した分だけ番付が落ちるわかりやすい世界である。大関は2場所続けて負け越せば降格する地位。角界の掟である。おそらく「1度だけでも大関になってみたかった」というのが本心だったのではないか。


 御嶽海は相撲巧者ともいわれ四つでもある程度取れるが、馬力を失えば「より巧い」若隆景のような力士に苦もなく敗れる。残り腰もないし、勝負が呆気ない。正代に至っては土俵際で残すことはごく稀で、取り組む前から視線は落ちている。優勝して大関レースを制したときの一瞬だけが華だった。


 正代は関脇、御嶽海は平幕で初場所を迎えるが、おそらく前頭上位付近をウロウロし、その間年寄株を確保して将来に備えるに違いない。あと2年程度は幕内に留まり、蓄財に励みながら引退して元大関の肩書で協会に残留する腹積もりである。見どころゼロである。


悲運の高安に苦言を呈す


 高安への同情論が一気に噴き出した。今年6場所のうち半分で優勝争いに加わり、いずれも目前で賜杯を逃したからだ。四つでも押しでも取れるので相撲の幅は広い。ここ数年の大関経験者のなかでも横綱の可能性が最も高かったが、怪我などで暗転した。横綱稀勢の里と相部屋で星勘定も有利な立場だったのに、その機会を逃した。


<千秋楽・優勝決定戦/高安―阿炎>


 今年1年高安の相撲を見てきたが、肝心の終盤で意識過剰になり接戦を落とすシーンが多かった。見かけによらず神経質で細かいことを気にするタイプではないか。丸い土俵は狭く、一瞬の迷いが勝敗を分ける。千秋楽、本割で阿炎の突っ張りに遭って引いたところから逆襲を食らった。巴戦では変わられて頭部を強打し土俵の真ん中にうずくまり、哀れを誘った。本割で阿炎の懐に入りまわしを取ることができれば勝てたが、阿炎の長いリーチに屈した。阿炎も大関候補のひとりで強敵である。負けても不思議ではない。しかし、あと一歩を逃すのは何か原因がある。


 そのひとつが立ち合いだ。最後の塩を撒くと右の手のひらでまわしをパンパンと10回叩き、仕切り線から4歩下がって4歩出る。ルーチンである。必要な所作だろうが、これが長い。見ているだけこちらがイラッとするほどなのだ。こうしている間に、アレコレ考えている。その迷いが最終盤になって狂いを生んだ。慣れ親しんだこの動きを変えることは無理にしても、頭の中を整理することはできる。(三)