「毒にも薬にもならない」という言葉があるが、毒と薬は必ずしも対立するばかりの存在ではない。使い方、用量次第では毒にも薬にもなるものもある。


『「毒と薬」のことが一冊でまるごとわかる』は、植物、動物、鉱物といった自然界に存在するものから、人間が作り出した最新の医薬品まで、広く扱った、“毒と薬の教養書”とも言える1冊だ。


 初心者にも平易な言葉や図解で丁寧に解説されていて、読み終われば、薬と毒について全体像がわかる。


 ある程度知識のある読者にとっても、毒の強さの目安となる半数致死量(LD50)や薬の効果の目安となる半数有効量(ED50)の考え方、呼吸毒、神経毒、出血毒、重金属、放射線などタイプ別の毒の回り方……ほか、改めて内容を確認しておきたいテーマも多い。〈毒の強さランキング〉で、天然物由来の毒が上位を占めているのには意外感があった。


 毒と薬をめぐる“うんちく”も充実している。「アスピリンはアメリカで年間1万6000トンが消費されている」「日本はかつて輸入したミイラを薬として使っていた」「ベートーベンは炭酸鉛をワインに振って飲んでいた」「資産家が銀食器を使っていた理由」「覚せい剤のメタンフェタミンは、日本の薬学の始祖・長井長義が合成」「ワラビのアク抜きの無毒化効果」……と、小噺のネタはふんだんにある。


 本書は、文化や歴史の観点から毒や薬を考える契機にもなる。暗殺などに〈ひっそりと使われる毒物〉は、検出技術などの進歩とともに変わっている。


 かつてメジャーな毒物だった〈ヒ素は「愚者の毒」と呼ばれて暗殺に使われることはなくなり〉、代わってタリウムが使われるようになったという。近年では放射性物質やVXなどが用いられた暗殺事件も記憶に新しい。


■サリドマイドはがん治療薬に


 人類は「不老不死」を願ってさまざまな“薬”を試してきた。古代ギリシアの「ネクター」や古代インドの「アムリタ」など、処方がよくわからないものは別にしても、中国の「仙薬」は水銀だったようだ。服用してどんな症状が発現したのか。少なくとも仙人にはなれなかっただろう。ちなみに、後醍醐天皇が持っていたレシピが発見された際に、再現しようと薬学部に持ち掛けたところ〈薬のレシピでなく、爆薬のレシピだ〉と依頼者が断られたとか。


「科学知識がなかった昔の話でしょ」……と笑ってばかりもいられない。現代でも効果の信憑性が怪しかったり、安全性の検証が十分ではなかったりする健康食品は数多く出回っている。アリセプトが登場した際のアルツハイマー病治療薬のように、新薬が登場すると従来、効果があるとして使われていた薬が一気に消えたケースもあった。


 かつては食用として広く食べられていた「スギヒラタケ」の毒性が発覚したのが、つい最近の2004年だというから、現代で体にいい食品とか、効く薬と考えられているものの中には、「昔の人はあんなものをありがたがって摂っていたのか?」と、未来の人々に馬鹿にされる薬や食品があるのかもしれない。

 

 本書を読んでいて改めて感じたのが、日本の薬害対応の遅さだ。


 胎児の手や足などに奇形を起こし、日本で認定を受けただけでも309人の被害者が生まれた睡眠導入剤のサリドマイドは、西ドイツの販売停止の決定から半年以上も遅れて1962年9月に日本で販売停止となった。


 アメリカで1977年に使用禁止になった非加熱の血液凝固因子製剤が、日本で禁止になったのは10年後の1987年。被害者の数は正確にはわかっていないが、〈1980年以降にフィブリノゲン製剤の投与を受けた患者は約29万人で、そのうち1万人以上がC型肝炎を発症したといわれて〉いる。同じ非加熱の血液製剤から血友病患者がHIVに感染した薬害エイズ事件も発生している。


 国内外で瞬く間に情報が行き交う現代では、“薬が毒”と判明した場合に、使用禁止まで10年ものタイムラグが発生する事態は想定しにくい。ただ、日本の組織では意思決定が遅れがちな点には注意を払っておきたい。


 しばらく前から製薬業界では、古い薬や開発中止となった薬などの、別の薬効に注目した「ドラッグリポジショニング」が注目されているが、なかには“毒が薬”となったケースもある。代表格が前述の薬害問題を引き起こしたサリドマイドだ。多発性骨髄腫などの治療薬として有効性が認められ、使用されるようになっている。


 なお、以前も同様のことを書いたと記憶しているが、〈全身麻酔は世界中で毎日何千例と行なわれているのに、なぜ麻酔が効くのか、その機構がわかっていない〉という。まさに〈現代の魔法〉だ。毒と薬の世界は、まだまだ奥が深い。(鎌)


<書籍データ>

「毒と薬」のことが一冊でまるごとわかる

齋藤勝裕著(ペレ出版1870円)