先日、製薬業界に詳しい知人と話をしていたら、「いろいろ“画期的新薬”は出たけれど、患者が減った印象はないね」という見方で一致した。うつ病や統合失調症といった精神医療の世界の話である。
会社ではパワハラ研修なども開かれるようになり、上司から部下への指導もずいぶんソフトになったにもかかわらずだ。
患者が減らない理由は?の答えを求めて手に取ったのが、『精神科医に、ご用心!』。通常の診療科とは少し違った精神科医や精神医療の赤裸々な実態をつづった1冊である。
〈心を病んでいる精神科医が多い〉とは昔からよく言われているが、〈精神科専門医の自殺する頻度は、一般人の5倍。さらに、レジデントなどの若手にまで広げると、その頻度は一般人の9倍〉といった数字でみるとよりインパクトがある。
少し前に問題になったリタリンの過剰処方、レポートのコピペが発覚して出された精神保健指定医資格の取り消し処分など、個別具体的な事件、不祥事のエピソードは本書を参照してほしい(少々懐かしいものもあるが、初めて知る人には結構、衝撃的だろう)。
がんの治療などでは“標準治療”が確立していて、基本的にはどこへ行っても同じような医療を受けるのが基本だ。しかし、精神科の医療で日頃から感じていたのは、医師によって診断や治療が異なること。「○○先生は全然薬を出してくれない」「□□先生は新しい薬をどんどん試したがる」といった“バラつき”のエピソードには事欠かない。本書でその謎が解決した。
例えば、昨今、精神科以外の医師も使うことが増えている抗うつ薬の使い方ひとつとっても、医師それぞれ。〈その多様性のなかに医師の人生観や生き方も反映して〉いる。本書では処方パターンを6タイプに分類しているが、思い当たる節がある患者も多いだろう。
診断のバラつきもある。いわゆる「宮崎勤事件」で被告に行われた精神鑑定では、〈統合失調症、人格障害、多重人格と、あまりにバラバラな、三者三様の診断が下された〉。“日本の権威”ともいわれるような医師による診断であった。
加えて、〈精神科医は密室で自己完結する、つまり独りよがりに陥りがちな科でもある〉。医師が1人のクリニックにかかるケースも多い点も踏まえれば、診断や治療にバラつきが出てくるのも納得である。
診断や治療にバラつきがあるだけに、精神医療では医師選びは治療の重要事項だ。通常は医師を変える“ドクターショッピング”は推奨されないが、〈暫定的にベターな医師の診療を受け、そこに満足できなければ、それと並行してベストな医師を探すくらいの気持ちでいいのかもしれない〉という点も精神医療に特徴的な部分かもしれない。
■薬の効果に疑問符、新薬開発も停滞
もうひとつ、謎が解けたのが、国家資格「公認心理士」の評価が高まらない理由だ。鳴り物入りで制度が始まったと記憶しているが、あまりいい評判は聞かない。実は、当初の特別措置で、難易度が極端に低い時期があったのだ(第1回では何と約8割が合格!)。
難易度が低ければ、資格を持っていても玉石混交となりがちだ。精神医療においては医師以外の、いわゆる「コメディカル」が活躍する部分が大きい。難易度の調整や教育プログラムの見直しなど、病院など採用する側からの信頼を獲得するための取り組みが必要になるだろう。
さて、冒頭の「患者が減らない理由は?」にもつながる話だが、このところ、抗うつ薬の効果を疑問視する声が上がり始めているという。抗うつ薬の使用が広がったにもかかわらず、〈現実的にはうつ病や自殺率は若い年齢層では増加の一途であることが判明しているからだ〉。
加えて、画期的新薬が生まれにくくなっていて、製薬会社の新規開発も停滞気味だ。薬による治療の発展が望みにくくなってきている。
一方で、LSD、合成麻薬MDMA、「マジックマッシュルーム」に含まれるサイロシビンといった怪しげな物質で、うつ病を対象とした臨床試験が始まっているという。たとえ効果があったとしても、濫用など別な問題を生み出しそうである。
結局のところ、精神医療は〈PDCA (計画→実行→評価→改善)といった問題解決のサイクルをまわしながら、トライ・アンド・エラーを重ねていく累積戦略しかない〉ようだ。(鎌)
<書籍データ>
『精神科医に、ご用心!』
西城有朋著(PHP文庫 935円)