いったい自分はだれの指示で凶行に及ぶのか──。「闇バイト」に集まった男らは、自分自身それを知り得ぬまま、強盗団の「仕事」に手を染めた。関東や山口、広島など各地で発生した荒々しい連続強盗は、SNSの匿名性を悪用した闇の中で指揮命令が行われ、全体像の解明は極めて困難と思われたが、ここに来て一気に捜査が進み始めている。


「ルフィ」の名で現場を動かした人物は、意外にもフィリピン入管が管轄する「収容所」にいることが判明し、警視庁はこの男を含む4人の身柄確保に動いている。末端から主犯をたどってゆく「突き上げ捜査」でなく、もともと「ルフィ」らと接点を持つ者からの通報で、あっけなく「闇の組織」は暴かれたのだ。この通報者は捜査当局だけでなく、週刊文春にも情報を提供し、今週の文春にはその内容が『全国連続強盗 予告した男の告白「黒幕はマニラにいる」』というスクープで明かされている。警察による容疑者特定は、この記事が出た直後。まさに電光石火で事態は動いたのだ。


 記事によれば、この通報者は文春の情報提供専用サイト「文春リークス」に16日、「3、4日後に東京で叩き(強盗)が起きますよ」と連絡、実際3日後の19日には、狛江市で90歳女性が殺される強盗殺人事件が発生した。文春記者はこの通報者と接触し、強盗団の指示役がこの通報者に対しても、狛江事件への協力を求めるメッセージを送っていたことを確認した。通報者は自身もフィリピンの「収容所」にいた経験があり、犯人らが「ワイロを払えばスマホを持ち込める収容所の環境」を利用して、特殊詐欺の一斉検挙で囚われの身になって以後も施設内から詐欺行為を継続、昨年になって強盗犯の遠隔操作まで行うようになったため、文春と捜査当局への通報に踏み切ったという。


 これほど重要な「タレコミ」が寄せられること自体、文春の調査能力への評価の表れだが、それにしても今回の事件は「犯罪実行者を遠隔操作する手法の緻密さ」と「身の回りの人間への情報秘匿の杜撰さ」の落差が際立つものだった。もともと犯罪者として悪目立ちするタイプだったことで、せっかくの新種の犯罪システムが水泡に帰したわけなのだが、今後もし、前科前歴がなく目立たない人間が慎重に国外アジトを決め、似た手口で遠隔犯罪を実施したならば、今度こそ解明困難なケースになり得るし、そういった模倣犯は必ずや現れることだろう。


 一連の報道で個人的に衝撃を受けたのは、主犯格よりも末端の側。「操られる側」の人間がいともあっけなく凶悪犯罪者になってしまうことだった。とくに都内で逮捕された実行犯のニュース映像が印象的だった。報道陣に撮影されていることに気づき、顔を隠すわけでも不快な表情をするわけでもなく、むしろその男の眼差しには喜色が浮かんでいた。


「ルフィ」らにしても、ネズミが駆け回る不潔極まりない収容所に身を置いて、それでいて日々楽し気に犯罪にいそしむ感覚がよくわからない。まんまと大金をせしめたなら何とかしてこのゴミ溜めのような収容所を離れ、もう少しましな生活環境を得たいと思わないものなのか。それとも、もともと散財や贅沢に興味はなく、犯罪そのものをゲーム感覚で楽しむ者なのか。何にせよさまざまな意味合いで、ニュータイプの職業的犯罪者の出現を象徴するケースだったように思う。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。