アメリカ上空に現れた「気球」が騒ぎになっている。気球の下部にはソーラーパネルや推進機、センサーなどを備えていることから、中国のスパイ気球と見られている。アラスカ上空からカナダ東部、さらにアメリカ国内を横断。軍基地周辺を横切って飛び、大西洋に移動している。各地の軍基地を撮影し、通信を傍受していたようだ。日本でも昨年、同様の気球が仙台市上空に飛来し、どこの気球かと話題になったからお馴染みだ。


 アメリカではまずメディアが取り上げ、議会では共和党が「撃ち落とせ」と政府を攻撃。バイデン大統領は「情報は掴んでいる。国防省は地上に被害を及ぼさないため、行方を見守っている。海に出たところで撃ち落とす」と言い、その通りサウスカロナイナ州の沖に出たところで、F22ステルス戦闘機がミサイルで撃墜。目下、残骸を回収し、調査しているが、気球だけにミサイルを命中させ、下部のソーラーや機器類をそのまま回収できるようにしたというから見事だ。


 気球の高度は1万8000mだという。成田空港からヨーロッパに行く旅客機の高度は1万2000mで飛行し、逆のヨーロッパから日本方面に飛ぶ旅客機の高度は8000メートルである。戦闘機の最高高度は1万6000mほどだというから戦闘機で撃ち落とすのは難しいだろう。それも気球だけを狙ってミサイルで撃ち落としたのだから、米空軍の能力は凄いものだと感心する。


 一方、日本ではどうだったろうか。気象庁は観測気球を打ち上げていないと言い、自衛隊も気球を飛ばしていない、主だった大学でも観測気球を上げていない、という。結局、どこの気球かおおよその推測はついても、正体不明のままだった。仙台には航空自衛隊の基地があり、北の青森には三沢に米空軍基地がある。あの正体不明の気球は仙台の上空から太平洋に出たのだろうが、その後、ハワイに向かったのか、それともグアムに行ったのだろうか。あるいは、太平洋の真ん中で自爆したのか。または中国艦船が太平洋上で回収したのだろうか。その後の消息は一向に伝えられていない。


 わが航空自衛隊は追跡していたのだろうか。なぜ撃ち落とさなかったのだろうか。アメリカの対応と比べると、少々、不満が湧く。自衛隊は「攻撃された場合でなければ反撃できない」と、法律論を持ち出している。まぁ、そんな堅いことを言わなくても、撃ち落とさなくてよかったのかもしれない。なにしろ、自衛隊のミサイルは数が少ないし、1発数千万円もするのだ。


 だいいち、自衛隊のF16戦闘機が最高高度である1万6000mからミサイルを発射して失敗でもしたら、みっともないことこの上もない。気球を飛ばした中国に我が自衛隊の技量が筒抜けになってしまう。失敗するより中国に自衛隊の技量を知られていないほうが防衛力に役立つだろう。ただ、仙台の上空から一体どこに行ったのかくらいは突きとめて公表してほしかった。


 アメリカ政府はトランプ大統領時代を含めて、過去にハワイ、グアムの上空に飛来していたことなどすべて確認していると公表。さらに日本を筆頭に40ヵ国以上で同様の気球が飛ばされていることも明らかにし、米政府、軍はすべて掴んでいることを示した。その直後、アラスカ、カナダなどで4つの気球が飛来したことが公表され、米空軍はそれらをすべて撃ち落としたと発表している。ただ、最初に撃ち落とした気球はバス2台分の大きさだったが、その後に飛来した気球は小型自動車程度の大きさだったり、高度も1万2000m、1万6000mだったりしているが、それもある国らしさが浮かぶ。


 一方、当の中国の対応が面白い。外務省の報道官の言いぶりがいかにも中国らしいものだった。最初は「中国のものではない」と主張し、次には「民間の気象観測気球だが、風に流され方向がずれた」といい、中国の気球であることを認めたが、スパイ衛星ではないことを強調。なんだか泥棒が警察に捕まったときの言い分に似ている。


 そして米空軍の撃墜が伝えられると、「撃墜するのは国際法違反だ。断固反対する」「野蛮な行為だ」と批判。さらに発言はエスカレートして「中国で正体不明の気球が飛来しているのが見つかった」と地方紙に書かせ、続いて「米国のスパイ気球がたびたび中国で確認されている」と言い出した。アメリカに飛来した気球の正体がスパイ目的だったことがバレるのを恐れてアメリカでも行なっている行為だ、と言いたいのだろう。これも親から叱られた駄々っ子が親に文句を言っているのと似ている。


 加えて、最初に撃墜された気球の後、次々に気球が現れたのは最初の気球より小型ということも面白い。2つ目の気球は小型自動車くらいの大きさで、高度は1万2000m。機器は付いていないようだった。次も同様のもので、その次は高度8000mだという。これらは最初の気球が「民間の気象観測気球だ」という主張を裏付けるためにわざわざ飛ばしたものだろう。「4つの気球のうち、3つが気象衛星だから、最初の気球も観測気球だ、機器は気象観測のものだ」と言い包めるつもりだろう。そんな都合のいい言い訳は先進国には通用しないが、発展途上国が心配するのを阻止することはできるかもしれないと考えた末の知恵だろう。


 こうした主張ぶりは中国古来からのものだ。中国では秦の始皇帝以来、皇帝の支配下では政府に捕まると、生きて帰れない。そのためウソも方便でウソをつき続け、ウソがバレても、本当だと言い続けることで、なんとか殺されることを免れるしかない。さもなければ、殺される。こうした体質が5000年の歴史から生まれている。


 だから、不法行為を行なっても、国際法に反しても、必ず反発する習性が備わっている。嘘も100回続けると真実になる、という説もあるが、常に自分を正当化するため、「相手の方が国際法に反する」「中国の国内法に反した行為だ」「断固反対する」と叫び続け、決して認めようとはしないと生きられないのだ。もちろん、潔さもない。


 だが、これが中国5000年の歴史が生み出した生き延びるための「知恵」なのだ。周辺国ははなはだ迷惑極まりない。実に困ったものだ。間違いは間違いと正直になるべきだが、そういう姿勢に変えるには幼児からの教育しかない。しかし、毛沢東以来、そういう教育はしていない。従って、中国との外交はどうしようもない国だと理解して対処するしかない。


 だが、今回のスパイ気球の後始末はどうなるのだろうか。他の国なら、なんとか誤魔化してしまうだろうが、相手はアメリカだ。アメリカという国の国民性は、大統領がいくら説得しても、他国の紛争にはあまり係りあいたくないが、自国が攻撃されたとなると、決して許さない。倍返し、いやいや、10倍、100倍返しをする。


 遠くは、第1次世界大戦だ。アメリカの大手銀行がイギリスの国債を大量に買い込み、それがパーになりそうで困っていても、国民はヨーロッパでの戦争だ、と無関心だった。にもかかわらず、アメリカが参戦したキッカケは、ロンドンに向かうアメリカの客船がイギリス領海付近でドイツの潜水艦に撃沈されたことだった。


 当時、イギリスはアメリカの性格をよく知っていて、客船にアメリカで購入した武器を忍び込ませていたのだ。これは国際法に反するが、当時はわからなかったため、アメリカ国民は客船が撃沈され、多くのアメリカ人が死亡したことに激怒し、第1次世界大戦に参戦した。


 第2次世界大戦でもアメリカは当初、イギリスの要請があってもヒットラーのドイツと戦争していない。だが、日本のハワイ奇襲攻撃が行われると、とたんに日独への戦争に走った。その結果はもはや言うまでもない。太平洋戦争で日本は焼け野原にされた。原爆まで落とされ、100倍返しされた。


 真珠湾攻撃を敢行した連合艦隊の山本五十六司令長官は海軍次官のとき、戦争に反対していたのに、アメリカの国民性をわからなかったのだろうか、それとも知りながら、ずるずると開戦論に引っ張られてしまったのだろうか。


 余談だが、太平洋戦争の開始前から終戦まで、徹頭徹尾、米英との戦争に反対していた唯一の軍人に海軍の井上成美中将が知られている。最後の海軍大将であり、ポツダム宣言受諾直後の最後の海軍大臣である。彼は山本海軍次官の下で軍令部作戦課長を務めた間柄で、英米との戦争に反対する仲間である。彼は戦争中、海軍兵学校校長に左遷されるが、その校長時代もアメリカとの戦争に反対していたそうで、ある生徒が山本五十六のことを聞いたとき、彼は「山本はバカだ。なぜ初心を通さないのか」といったという。


 近くはロシアのウクライナ侵攻だ。アメリカのバイデン大統領は積極的にウクライナに武器支援をしているが、アメリカ国内では共和党が「無制限な支援はしない」と冷淡なところを見せているし、国民も反ロシア、ウクライナ支援に熱中しているようには見えない。それも遠いヨーロッパでの戦争で、アメリカ自身が攻撃されていないからだ。


 さて、中国のスパイ気球はどうなるか。アメリカ国内での空中スパイ行為なのだ。自国の領空を侵害されただけに、そのままでは済まさないだろう。習近平国家主席はアメリカの国民性をご存知なかったのか、中国の国民性で通るとでも思っていたのだろうか。バイデン大統領は気球製造に関わっていた中国企業への制裁を科したが、これで終わるとは思えない(アメリカ政府はこれ以上加熱せず冷静に対応するよう装っているが)。


 スパイ気球には先進国の部品が使われている。日本製部品があるかもしれない。メーカーは気をつけなければならないし、さらに米国の中国制裁の強化で日中貿易にも波及する可能性もある。これからこそがどうなるか心配だが、傍目には見ものになるのではなかろうか。