“シルバーベンチャー”を謳う会社があると知り、ファーマパートナーズ株式会社のサイトを見た。なるほど、メンバー紹介のページでキャリアとともに掲載された顔写真は積み重ねてきた年月を彷彿とさせる。同社の事業は「海外からの医薬品日本参入のトータルサポート」。発足は2016年だが、前身となる会社を含めると20年を超える実績があるという。同社代表取締役社長の福川清史氏に、日本参入サポート事業に至った道や、シルバーベンチャーの実際について聞いた。


単一国としての日本参入価値は“ある”

 少人数での日本参入サポートを行っていると聞き、頭に浮かんだのは「小さな会社で事業が成り立つほどのニーズがあるのか」ということだ。

 厚生労働省の『薬事工業生産動態統計調査』で過去20年ほどの医薬品輸入金額をたどると、2015年の約4兆円をピークに、基本的には減少傾向にある(図1)

 また、米国IQVIAが今年1月下旬、『The Global Use of Medicines 2023』をテーマに行ったウェビナーの資料によると、アジア太平洋における2027年の医薬品使用市場予測(為替固定)は、首位・中国が1,800~2,100億米ドル、2位・日本が710~910億米ドル(約9兆4千億円~12兆円)、3位・インドが350~390億米ドル。

 同資料の2023~27年における年平均成長率予測は、インド7.5~10.5%、中国2~5%に対し、日本は-2~1%とマイナス含み。成長著しいアジア太平洋5.5~8.5%に限らず、西欧3.5~6.5%、北米2.5~5.5%、世界3~6%と比べても低い。

 こうした状況の影響について、福川氏は「日本市場が縮小傾向にあることは間違いない」。しかし、「単一国で見れば日本はいまだ米国、中国に次ぐ世界第3位の規模があり、参入を望む海外企業は多い」と語る。ところが、いざ参入となると制度の理解や言語の問題に加え、申請・審査におけるやりとりの匙加減など、多くの障壁がある。「参入サポートの事業が成り立つ素地は十分にある」という。



自分の手で“製薬企業”をやってみたい

 ファーマパートナーズ株式会社の事業の実質8~9割はCMC薬事。原薬や医薬品(製剤)の化学をはじめ、医薬品の開発から製造および品質管理まで承認審査に必要な申請書類に記載される内容を全て取り扱っている。ここに至る道のりはどのようなものだったのだろうか。


【40~50代:欧州駐在】福川氏は大学と大学院で有機化学を専攻後、東洋醸造株式会社(後に旭化成工業株式会社と合併)に就職。薬学博士号も取得し、ずっと創薬研究をして人生を送ろうと考えていたが、42歳のとき突然の転機を迎えた。国際事業部に異動になったのだ。製薬企業としては中規模だった同社の継続には、ライセンス・インとアウトが必須。更に国際化を図るために、現地に子会社をつくり運営しながら販売承認・登録などを行うという戦略があった。スイスを手始めに、イタリアとドイツに子会社を設立し、欧州に赴任、3社の経営を担当。自身はスイスに駐在し、月曜は飛行機でミラノ往復、火曜は片道3時間かけてオーストリア経由でドイツ・ウルムに車通勤、水・木・金曜はチューリッヒで仕事というハードな日々を過ごした。EU統合に伴い、1995年、英国に欧州医薬品庁が設立された後は、ロンドンで欧州全体のオペレーションを経験した。


【50代:独立・コンサルタント事業開始】帰国後は元の医薬事業部に戻ったが、不完全燃焼を感じ自問自答していた。「人生でやり残したことはないか」「創薬研究や国際ビジネスで培った経験・知識・ネットワークを活かせないか」「海外と日本とのギャップを埋め、医薬ビジネスに貢献できないか」「肩書のない自分がどこまで通用するか試したい」…さまざまな思いがわいてきた。幸い子どもたちは自立している。家族に迷惑はかけない。とにかくやってみようと、53歳で退職し新しい仕事を始めた。

 最終ゴールは「製薬企業」。薬の開発品目を持ち、臨床開発し、厚生労働省の製造販売承認を得る、薬というモノを動かすことを、自分の手でやってみたかった。とはいえ一足飛びにはいかない。段階的にアプローチすることにした。まずは海外の企業にとって非常に分かりにくい日本の商習慣や薬事に関するコンサルタント業務を開始。3社ほどの顧客がつき、自分の食い扶持は維持できた。


【60代初め:医薬品製造販売業許可取得】その後、処方せん医薬品を扱える第1種医薬品製造販売業許可を得て2009年に設立したのが、バリューファーマ株式会社だ。コンサルタント事業に加え、医薬品原薬等登録原簿(MF)の国内管理人外国製造業者認定(AFM)の国内代理人などのサービス提供を行い、得た資金を医薬品開発につぎ込もうと考えた。



■築いてきた信頼関係が決め手

【60代:ユニークな体内診断薬の導入に成功】製薬企業を手がけてみて「医薬品開発にはお金が要る」ことを痛感した。コンサルテーションやMF・AFM関連サービス提供だけでは限界があった。そんなとき、日本の製薬企業からの依頼で、ドイツのメダック社(medac GmbH)からの医薬品導入交渉を手掛けることになった。当時は会社の看板を背負い丁々発止でやりあいながらも、交渉相手をよく見ていた。互いに「嘘をつかない」という信頼感があり、馬も合った。結果的には交渉が成立し、光線力学診断用剤の導入に成功した。経口投与で悪性神経膠腫の腫瘍摘出術中に腫瘍組織を可視化できる体内診断薬だった。

 medac GmbHとの縁はそれだけでは終わらなかった。「日本に進出したいが足がかりがない」ついては「バリューファーマを拠点にできないか」との申し出だった。人材はそのままで、ドイツからの導入候補と、先方の資本参加による開発費が得られることが魅力だった。ただし、必須条件として「社名を日本メダック株式会社に変更する」「コンサルティング部門を分社化する」「福川氏自身が日本メダック株式会社の経営に専念する」の3つを提示された。これらを承諾し、2016年、70代を目前に同社の代表取締役社長となった。


【70代:盟友との約束を果たす】その後、medac GmbHからの主力製品である抗リウマチ薬(メトトレキサート皮下注シリンジ)の臨床試験を実施、コロナ禍下で苦戦はしたものの、製造販売承認と販売にめどが立ち後継者も見出したことから、2021年に日本メダック株式会社を退いて、ファーマパートナーズ株式会社の代表取締役社長となり、現在に至っている。


【日本参入の壁と国内管理人・代理人として果たす役割】海外企業が日本市場に参入しようとする際の障壁の第一は「日本独特の薬事制度」「審査における日本語中心主義」だ。MF登録、AFM認定、GMP適合性調査などの申請・審査およびその過程での照会は全て日本語で行われるため、同社のような国内代理人が間に立ち、日本の薬事法に則って翻訳し報告、回答する(図2)MF登録で非開示パートの内容を読めるのは審査担当者と国内管理人のみで、高い信頼性が求められる。

 もう一つ大きな壁は「日本人における有効性・安全性の証明」だ。顧客企業からは海外での試験結果が使える部分、再試験が必要な部分などを含め、日本との違いについてのギャップ分析の要望も多い。照会事項の行間を読んで顧客に的確に伝える必要もある。導入品の薬事承認後も「有効性・安全性を保証するには恒常的な品質保証が重要」とされ、関連の問い合わせも国内代理人を介することになる。

 逆の見方をすれば、申請して承認を受けた製品に絡む業務を継続的に受注できることになる。



■メンバーそれぞれの生き方を尊重

 ファーマパートナーズ株式会社は現在11人体制で、約50製造所を扱っている。年齢層は40代の二人を除いて60~70代が主力で、最高齢は80歳だ。シニア人材の特徴について福川氏は「まだ働こうという意欲がある人たちだから、真面目で責任感がある」「豊富な知識と経験を持つ」「これまでの成功・失敗体験に基づく仕事ぶりで効率がよい」「広いネットワークがある」「人当たりがソフト」「年金世代で現役時代ほどの高収入は求めない」など、ポジティブに捉えている。

 中には製薬企業におけるCMC薬事の経験がなかったメンバーもいる。もちろん最初から完璧な申請書類が作れるはずはない。当局から不備の指摘があっても敢えてもがきながらも自ら挑戦してもらいながらフォローし、経験を積むことですっかり担当分野のエキスパートになった。コロナ禍を経てリモートで業務を行っていても、月1回は全員、対面で集まり、業務上の成功や失敗を共有する。昔取った杵柄だけで仕事をしないよう勉強会もする。現在の取り扱い製品の薬効分類は広範囲とはいえ主に低分子薬なので、今後は抗体医薬などさらなる拡大を目指している。

 顧客から受け取る書類の分量は1000ページ、2000ページがざらだ、しかも全て英語での書類である。現役時代にコツコツと実務をこなしてきた人に適した仕事ともいえる。リクルートは知り合いなど人的ネットワークを中心に行ってきたが、希望があれば書類のみで判断することなく必ず会う。面談の要点は「どんな生活を送りたいか」と「仕事量や内容の希望」で、互いに話し合って調整する。実際、メンバーそれぞれが生活において仕事に重きを置く割合は、50~100%までさまざまだ。

 人生100年時代。薬に関わる仕事をしてきたシニア・シルバー世代にとって、こういう働き方もあるという一例といえるだろう。

[2023年2月2日取材]


【本文中略語】

CMC:Chemistry, Manufacturing and Control(医薬品の原薬や製剤についての化学・製造、およびその分析に関する仕事全般)

MF:Master File(医薬品原薬等登録原簿)

AFM:Accreditation of Foreign Manufacturers(外国製造業者認定)

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。