「いろいろな食べ物をバランスよく」――。


 食事法に関しては、こうした“真っ当な”スタンスの本を紹介してきた。今回の『実践 健康食』も同様だ。著者は感染症専門医の岩田健太郎氏。専門外では?との声も上がりそうだが、実は過去にもいくつか食に関する著作がある。


 食べる物については〈摂取「量」が大きなポイント〉だという。例えば、糖質制限ブームでこのところ忌避されることも多い白いご飯だが、〈糖尿病リスクは、「どのくらい食べるか」という量に依存〉しているという。健康上とくにリスクのない人が適量を食べる分には、問題ない。


 特定の食品に対するアレルギーなどは別にしても、〈一般的に、「食のリスク」とは、定期的に、毎日のように、何年も食べ続けて、はじめて生じる「リスク」〉だという。摂取量にも通じる部分でもあるが、自身の食習慣については一度振り返ってみるといいだろう。


 一般にも使われるようになった「エビデンス」にも注意が必要だ。昨今は健康食品などにも、それらしきデータやグラフがエビデンスとして添えられていて、もっともらしく宣伝されていることも多い。一般の食品でも「○○は体にいい」「△△で健康になる」「××は食べてはいけない」といった健康ネタとともに、エビデンスらしき情報が拡散されていくこともある。


 エビデンスの真偽はもちろんなのだが、データがきちんと取得・解析されたものであっても落とし穴がある。〈現在の食事方法の「エビデンス」は、ほとんどが欧米で作られているエビデンスだから〉だ。肉を食べすぎている欧米の人で取ったデータで出た「赤色の肉はよくない」というエビデンスと、ほどよく肉も魚もとっている日本人にそのまま使えるかはわからないというわけだ(日本ではあまりこうした研究は実施されない模様)。


 エビデンスが大切な情報であるのは確かだが、データの規模感、比較の有無、データの母集団といった部分にも目を配りながら、読んでおきたい。


 海外で確かなエビデンスがあったとしても、食材の入手のしやすさやコスト、味の嗜好の点で、そのまま普段の日本人の生活に持ち込むには難しいケースもある。著者は〈エビデンスの示すものを把握し、その「本質」を理解し、その本質を見極めながら、(中略)換骨奪胎して、ぼくらの食事方法にアプライしていけばよい〉と説く。


 最近は地方でも、ネット通販などで世界中の食材が手に入りやすくなったが、無理なく実行するならアレンジもありだ。賛否は別にして、レシピサイトや動画などで、手近な素材で工夫した世界の料理が簡単に見つかる。


■レバ刺し禁止の効果はいかに?


 感染症専門医としての面目躍如ではないが、食品と菌や寄生虫に関する頁は非常にわかりやすく整理されている。



〈微生物は加熱すれば死ぬのです。ですから、「消費期限をちょっとだけ過ぎても、ちゃんと加熱すれば大丈夫」〉〈寄生虫については、冷凍すれば死にます。アニサキスとか、ヒラメの刺身で感染するクドアとか〉〈細菌が作る「毒」は熱でなくならないものも〉……、食中毒リスクへの対処法は知っておいて損はない。著者らは、サバとイカを使って寿司をつくり、ランダム化二重盲検試験で冷凍したものと冷凍しないものの違いが判定できないことを確認したとか。


 意外だったのが、サルモネラ菌食中毒。実は日本でサルモネラ菌食中毒は年間2000人程度発生していて、その大きな原因のひとつが卵だという。「日本の卵はサルモネラ菌が存在しないので、安全に生で食べられる」という認識だったのだが、かならずしも「ノーリスク」ではないようだ。


 一方、2011年に焼き肉店でユッケと焼き肉を食べたことで5人が死亡した食中毒を受けて、翌年“禁止令”が出された「レバ刺し」。しかし、著者らの研究によれば、レバ刺しが禁止になって以降も食中毒の原因となった腸管出血性大腸菌の感染者数は少しも減っていないという結果が出ている。ちなみに〈これまで「レバ刺し」を原因とした死亡例も報告されてきなかった〉という。ないと困る類いの食べ物ではないが、“幻の食べ物”になると無性に欲するのは私だけだろうか。

 

 食をめぐる動きとして、これから大きな潮流になってきそうなのが、〈生産地の環境や人々の暮らしを悪くしてまで、「体によい」食品を摂取するのは、さすがにエゴイスティックなのかも〉という考え方だ。古くから『バナナと日本人』『エビと日本人』などの名著でも、食物が生産地の環境や社会を破壊する問題は指摘されてきたが、SDGs(持続可能な開発目標)やサステナビリティの考え方が広まるなかで、よりいっそう生産地や生産者への配慮が求められそうである。


 本書には医師にしてFP(ファイナンシャル・プランナー)資格を持つ著者ならではの知見も多く、健康と経済や家計を結び付けた視点も満載なのだが、言われてみれば……と納得したのが、〈特売品に特化した買い物をしていれば、「いつもいろいろ異なる商品を購入する」ことを意味しています〉という指摘だ。


 安く買えて経済的で、いろいろ食べるという意味での「多様性」も生まれ、かつ高いものを買わないことで〈希少な食材を枯渇させない、という環境保護的効果〉まで。特売品に特化した買い物は、まさにサステナブルな健康食ではないだろうか。(鎌)                     


<書籍データ>

実践 健康食』(光文社新書968円)