今週の週刊文春トップは『ジャニーズ事務所 英BBC性加害告発番組の衝撃』という6ページの特集記事。現地で7日、ゴールデンタイムの1時間番組として流されたドキュメンタリー『プレデター(捕食者) Jポップの秘密のスキャンダル』、4年前に他界したジャニーズ事務所の創業者・ジャニー喜多川氏にまつわる醜聞報道を取り上げている。


 過去約60年、美少年アイドルグループを次々世に送り出し、芸能界で絶大な力を持つようになったジャニーズ事務所だが、その裏では喜多川氏がアイドルを目指す少年らに性的加害を繰り返す「魔窟」が形作られていた――。いわば芸能界の「公然の秘密」として長年ささやかれてきた話だが、日本国内でこの問題を報じたのはほぼ唯一、1999~2000年の週刊文春のみ。ジャニーズが文春を訴えた名誉棄損訴訟は文春の勝訴で終わっているのだが、今回のBBC番組に関しても、文春以外ではウェブ版のフライデーと日刊ゲンダイしか触れていない。この強大な事務所への忖度、報道タブーが依然として国内メディアを覆っている光景が、改めて可視化された格好だ。


 しかし興味深いのは、政治や宗教関係などしばしばメディアが及び腰になる他のタブーと異なり、この件でジャニーズはネット世論への影響力をほとんど持っていないことだ。文春やフライデー、ゲンダイの記事につくヤフコメは、むしろこの件を一切報じない一般メディアへの批判であふれ返っている。皇室ネタや統一教会ネタなどのように、ネット上でメディアが叩かれて、大炎上案件になるリスクはほとんどなく、それどころか「よくぞタブーに斬り込んだ」という称賛が予想されるのに、それでもメディア側は事務所側の反応に恐れをなし、ひたすら口をつぐむのだ。


 一方、今週のサンデー毎日では、あの外務省沖縄密約問題の元毎日新聞記者・西山太一氏の訃報がさまざまな形で取り上げられている。返還される軍用地の原状回復費を米政府に代わって日本側が肩代わりする、という日米の密約文書を西山氏が入手した問題だが、時の政権は西山氏が情報源の外務省女性事務官と男女の関係になったことを大々的に攻撃し、この取材方法の「非道さ」へのバッシングの渦のなか、密約問題はうやむやのまま終わった。そして毎日新聞は経営の危機に陥るほど部数を激減させてしまったのだった。


 毎日新聞の編集委員・倉繁篤郎氏は『追悼「運命の人」 西山太吉91歳、憤死す!』という記事で、あるいはジャーナリストの青木理氏も自身のコラム『抵抗の拠点から』において氏の他界に触れ、いずれも当時のメディアが政権側の思惑にまんまと乗せられて、西山氏を非難する側に回ったことを負の歴史として振り返っている。一方でサンデー毎日の同じ号で、『社会学的皇室ウォッチング!』という連載を持つ社会学者で元毎日新聞皇室担当記者の森暢平氏は「密約問題を男女問題にすり替えるつもりはない」としながらも、「西山さんの行為はジャーナリストとして100パーセントは肯定できるものではない」とあえて西山氏の非を強調した。


 私に言わせれば、森氏の議論は真逆である。西山氏を「100パーセント肯定する必要性」などどこにもない。西山氏と事務官の不倫関係は公序良俗に反するし、西山氏が機密文書の入手を目的に事務官との関係を持ったなら、ジャーナリズムの問題としても非難されるべきだろう。ただ、そのことで国家が密約によって国民を欺いた「犯罪性」は1ミリも減殺されることはない。それはそれ、これはこれであり、政側の罪のほうがはるかに重大なのである。


 にもかかわらず、メディアは政権の策謀に乗せられて密約の追及を放棄してしまった。そこにこそ、この事件の問題点はある。「強者」にはいともやすやすと屈服するこの国のメディア。その病理は昨日今日の問題ではないのだが、BBCの報道の前でただ俯くだけの姿勢を見せられると、その「へたれぶり」に改めて情けさが込み上げる。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。