今週の週刊文春で、ホホウと目が留まったのは、いわゆる「作家タブー」で黙殺かと思われていた三浦瑠麗氏の夫による巨額横領事件が記事になっていたことだ。「親しき仲にもスキャンダル」(たとえ友人でも醜聞は暴く、という意味)を標榜した新谷学・元編集長を思い起こさせる果敢な姿勢であり、その心意気は評価したい(ただし、新谷氏のころも百田尚樹氏の「純愛騒動」など「作家タブー案件」がなかったわけではない)。


 しかも、そのタイトルは『三浦瑠麗“セレブ夫婦”の「虚像」 出資者は「彼女がいたから……」』。逮捕された夫でなく、瑠麗氏を主役として描いた記事なのだ。幻の太陽光発電事業に4億円の出資をしてしまった人物は、「出資を決めたのは(社長の清志容疑者より)、三浦瑠麗という舞台装置に騙されてしまったからです」とコメントする。それどころか記事では「(瑠麗氏の)得意技は年上の権力者を狙った腕組みで、人目を気にせずにしなだれかかります」などと、幅広い政界人脈を持つコメンテーターとしてメディアでのし上がった彼女の「手練手管」まで暴いている。


 問題の太陽光発電事業については、事実上「夫婦が二人三脚で進めてきた」という関係者の談話を載せ、特捜部に事情聴取されたある人物は「彼女(瑠麗氏)を(聴取に)呼ぶなら絶対に参考人でなく被疑者として呼ぶ。逮捕までいけるかどうかはわからないけど」と検事が漏らしたひと言を明かしている。


 ここまで容赦のない書き方をするということは、オピニオンリーダーとしての彼女の復活はもはやないものと踏んだのか。ここ2ヵ月、ネットの反応で意外だったのは、いわゆる「御用文化人」として彼女を毛嫌いした左派リベラル層ばかりでなく、ネット右派からも激しい非難が浴びせられたことだ。「セレブ気取り」「上から目線」への反感は、思想信条にかかわりなく燻ぶっていたらしい。そうした「固定ファンの不在」が可視化されたことも、文春が彼女を見限った背景にあるのかもしれない。


 セルフプロデュースでのし上がった権力志向の女性、という点で言えば、もうひとり高市早苗・経済安全保障担当相もここに来て窮地に立たされている。総務相時代の放送法解釈をめぐる公文書が野党議員に流出。当時の首相補佐官・磯崎陽輔氏とともに高市氏もテレビ局に圧をかける「追加の解釈」を示すことに関与した経緯を暴かれたことに激怒して、「自分に関する記述は捏造されている」などと強弁を続けている問題だ。文春は『高市早苗はなぜ転落したのか』というタイトルで、政権・与党内での孤立無援ぶりを描いているのだが、三浦氏と違うのは、高市氏にはネット右派の熱烈なファン層がいることだ。


 とは言っても、さすがに今回の高市氏擁護論は、モリカケでの政権擁護にも共通する「エクストリーム擁護」ばかり。8年も前の公文書に高市氏を陥れる捏造データを官僚らが仕込んでいた、という前提はあまりにバカバカしく(8年もあれば、関与した官僚はほぼすべて異動で入れ替わっている)、記述内容の正確性を今回、官僚らが敢えて明言しないことだって、高市氏を追い詰める立場に自分が立ちたくない、という忖度・自己保身の理由であろうことは、子供にも想像がつく。そういった「常識的推論」を吹き飛ばす「驚愕の陰謀」があったと主張するならば、その根拠は高市氏が示す以外にない。事実誤認や誤記による「内容の不正確性」と意図的な「捏造」では、意味合いがまったく違うのだ。


 ただ、この件で何より白々しく思えるのは、政権批判を厭わない硬派のキャスターが2014~15年、各局の報道番組で次々姿を消す異常な状況があったのに、その背後に政権与党からの直接・間接の圧力があったことをテレビ局側が一切認めないことだ。せっかく総務省の公文書で、当時の「政権側の意図」が明るみに出てきたのに、肝心の主要メディアが「当時の異常事態」そのものを否定するようでは、どうしようもない。言い換えれば、メディアの「骨抜き」はもう、そこまで完成してしまったのだ。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。