「ヴィーガン」という言葉を聞くようになって久しいが、ここ数年でヴィーガンを実践している友人・知人も出てきた(わりとすぐにやめた人も……)。
正直なところ、「厳格なベジタリアン」程度のイメージしか持ち合わせていなかったが、「肉や魚を食べなくても健康状態に問題はないのか?」「外食や家族との食事に支障はないのか?」というのは気になるところだった。
『ヴィーガン探訪』は、歴史からタイプ、食事、健康に加えて、一般の人々の食卓にのぼる肉や卵のサプライチェーンまで、幅広く扱った1冊だ。
ヴィーガンとベジタリアンでは重なるところも多いが、ヴィーガンの場合、食事だけにとどまらず、衣類などでも動物性のものを使わないエシカルヴィーガンと呼ばれるタイプや、果物やナッツ類だけを食べるフルータリアンと呼ばれるタイプなども存在する。ベジタリアンには乳製品や卵を許容したり、魚や鶏肉まで食べたりするタイプもあるので、やはり全体としてはヴィーガンのほうが「厳しめ」な印象だ。
ヴィーガンやベジタリアンになる理由は、宗教上の理由だったり、健康的な生活を目的としていたりとさまざまだが、ヴィーガンの場合、〈人間の動物に対する非倫理的な扱いに対する批判、抗議、「動物を殺して食べたくない」〉というのが最も多いという。多くの食事スタイルが健康面を意識しているのに対して、〈ヴィーガンとは思想、哲学、主義〉なのだ。
イギリスをはじめとする欧州ではヴィーガンになる人々が増えているが、ベジタリアンまで含めれば、宗教上の理由からベジタリアンが多いインドなど、アジアの人口規模は大きい。それだけに、植物肉や開発中の「培養肉」の市場には期待が集まっている。10~15年ほど先の世界市場は3兆円超、肉市場における代替肉のシェアが10%越えるなど景気のいい予測数値もある。
本書によれば、巨大化するヴィーガン市場を見越して、日本で植物肉を扱う企業も、日本ハム、伊藤ハム、マルコメ等食品大手ほか、コンビニ大手など名だたる企業が参戦。モスバーガー、ドトールコーヒーショップ、Coco壱番屋……などの外食チェーンも植物肉を使ったメニューを導入済みだ。キューピーやカゴメは卵を使わない商品を出している。
牛、豚、鶏などの細胞を培養して作る培養肉はまだまだ先の話と考えていたのだが、日本の市場に出回るまでにそう時間はかからなさそうだ。
高い生産コストの課題が解消される必要があるが、動物を殺さない点に共感して、高くても価値を見出す層もあるだろう。まずは安全性を証明し、消費者の不安を払拭していく必要がある。〈原理的に高タンパクで低脂肪みたいな設計〉もできるため、将来は機能性を謳う高付加価値商品も登場するのかもしれない。
■高齢者はフレイルに注意
気になるのは、肉も魚も乳製品も卵も取らないヴィーガン生活が健康に与える影響だ。ヴィーガンになった人々への取材を通じて、実際の生活をレポートしているが、健康だからこそヴィーガンが続けられている部分もある可能性もある。第7章では専門家に健康への影響を聞いている。
ベジタリアンの食事で不足しがちなのが、〈悪性貧血を防いだり神経や脳の機能を正常に保ったりする〉ビタビンB12や腸管からのカルシウムの吸収を助けるビタミンDだという。英オックスフォード大によるコホート研究では、ベジタリアンは肉食に比べて虚血性心疾患のリスクが低いものの、脳卒中のリスクは肉食より高かったと報告されている。〈乳製品を取らないヴィーガンは骨粗しょう症にならないよう注意を払うべき〉でもある。
注意したいのは高齢者。中村丁次・日本栄養士会会長によれば〈過食とか動脈硬化を防ぐために肉をやめるなど、メタボ対策を続けていると、高齢期の栄養失調を助長してしまう。いわゆるフレイル状態になる〉という。近年は高齢者の栄養不足の問題も話題に上るようになってきたが、低栄養で痩せて亡くったでは本末転倒だ。育ち盛りの子どもへの影響も詳しく知りたいところである。
不足する栄養分についてはサプリメントなどで補給すればよいのだろうが、著者が〈出会ったヴィーガンの人たちは、サプリがあまり好きではなく継続して飲んでいる人は非常に少なかった〉とか。
栄養の摂取という点で見れば、〈エッグベジタリアンとか、ミルクベジタリアンとか、フィッシュベジタリアンなら、必要な栄養素がすべて取れるから、健康になる可能性はあります。しかし、動物性食品を一切取らずに、40近い栄養素を不足しないように健康で長寿であり続けるには、まだエビデンスが不足している〉(中村会長)というのが現実だろう。
思想、哲学、主義だから、自らの健康に多少マイナスの影響があっても、ヴィーガンを続ける人がいても不思議はない。ヴィーガンの食事は温室効果ガスの排出量などサステナビリティの観点からみても地球にやさしいのは確かだ。ヴィーガンの人が必要な栄養を取ることができる食事の研究、満足度の高い代替食品の登場が待たれるところである。(鎌)
<書籍データ>
『ヴィーガン探訪』
森映子著(KADOKAWA 990円)