WBCの余韻が今なお続くなか、今シーズンのメジャーリーグ、そして日本のプロ野球は例年にない華々しさで報じられている。その皮切りとなったのは、パリーグ開幕に合わせた日本ハムファイターズの新球場・エスコンフィールド北海道のお披露目だ。施設内にある温泉やサウナ、あるいはホテルの窓からも観戦できるという斬新さが大々的に紹介されたのだが、ひとつ気になったのは昨年、報じられていた「設計ミス問題」はいったいどうなったのか、その続報をほとんど見かけないことだった。


 公認野球規則により、本塁からバックネットまでの距離は「60フィート(18.288メートル)以上」と定められているが、新球場には15メートルの距離しかない。今週の週刊文春、ジャーナリスト鷲田康氏のコラム『野球の言葉学』にはこの件が取り上げられている。それによれば、当初、改修工事も検討されたこの問題は、日本ハム球団が野球振興基金への寄付を行うことにより、寸足らずのまま「お目こぼし」になったという。要は金銭による解決、明朗とは言いがたい決着である。


 しかも、この球場にはそれ以外にもうひとつ、本塁から左翼フェンスまでの距離に関しても「規則違反」がある、と鷲田氏は指摘する。球団側からの当初の発表では「97メートル」その後「約98メートル」とその距離は説明されているが、いずれにせよ野球規則が定める「99.058メートル」には足りていない。しかも球団側はその事実を一切公表せず、鷲田氏からの質問にも答えようとしないという。鷲田氏は球団の親会社・日本ハムが2002年、食肉偽装事件を起こした反省から「遵法精神」「透明性」を誓ったはずなのに、この体たらくだ、と厳しく批判する。


 私には球団の責任ばかりでなく、テレビメディアがひたすらお祭り騒ぎをするだけで、設計問題をほぼスルー、報道機関の責務を果たさないことも気になっている。政権への忖度しかり、ジャニーズの暗部への沈黙もしかり、野球人気が一大潮流となれば、いとも簡単に易きに流れ「翼賛報道」になる。報道人としての気概が欠片もない、そんな「超ヘタレ体質」になったこの国のメディアに落胆を禁じ得ないのだ。


 同じ号の生物学者・福岡伸一氏の連載コラム『パンタレイ・パングロス』は、「SHE SAID 調査報道はすごい」と銘打って、米映画「SHE SAID」の舞台となったニューヨークタイムズ本社ビルを訪問した体験を綴っている。この映画は、ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインが若い女優やスタッフを次々「毒牙にかけていた疑惑」を追及した2人の女性記者の奮闘を描いている。少しずつ声を上げた被害者の動きはやがて「#Me Too運動」に結実するのだが、その前段には2人の記者による粘り強い調査報道が存在した。


 福岡氏は「ひるがえって日本の新聞は(略)時間と手間をかけた調査報道が決定的に少ない。調査力ということなら文春砲の方が勝っているぐらいだ」と嘆く。「日本の報道」の実力はもはや先進国では下位クラス、国民の間でも信頼度は低下する一方だが、そこには両極端、逆方向のメディア批判が存在する。そのひとつは福岡氏のように、骨太の調査報道を切望する「真っ当な声」なのだが、もうひとつ、マスコミを「マスゴミ」呼ばわりするタイプの人たちには、権力の闇を暴こうとする調査報道をむしろ「左派偏向報道」と忌み嫌う傾向がある。


 現在のメディアに目立つのはこの後者の声、右派のプレッシャーに屈しやすい「虚弱体質」だ。その点、文春砲はゴシップ偏重のきらいはあるものの、今週も『黒岩知事“11年不倫”AVプレイと卑劣な別れ』と我が道を行く。新聞やテレビも少しは見習ってほしい。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。