沖縄・宮古島周辺で陸上自衛隊のヘリコプターが行方を絶った事件から10日になる。突然、レーダーから機影が消えた、というのだから、ひょっとすると撃墜されたような事件、あるいは故障か、と考えた人も多かっただろう。なにしろ、当時、宮古島沖を中国の艦船が通過したし、台湾の南から先島諸島の南を中国の空母が通過したのだから中国艦艇からミサイル攻撃を受けたか、と考えるのも無理はない。


 だが、中国艦船が宮古島沖を通過したのは朝だったことから、ミサイル攻撃を受けた可能性はなかった。第一、ミサイル攻撃されたら爆発音が響き、周辺諸島の人たちが気付く。とすれば、ヘリコプターの故障か。だが、消息を絶った時間の2分前に管制塔と交わした会話では何ら故障を窺わせるような話はなかったという。では、操縦士の操縦ミスなのか。突然、レーダーから消えた以上、突然の故障による墜落か、爆発しか考えられない。しかし、それらしい兆候もない。もしそうなら、周辺海域にヘリの部品などが漂い発見されるはずだ。


 報道を見る限り、すべてが謎のようだ。事故が起こったときの目撃者もいないし、映像もない。生存者も発見されていない。見つかったのは、地元の人が「人のようだ」と通報した燃料タンク1基と操縦者のヘルメットひとつ、救命具がひとつ、片側のドアだけである(16日には搭乗員らしき5人が発見された)。


 自衛隊も、取材中の記者たちもおおよその想像がついているはずだ。ただ事故調査委員会が調査後に発表するまで予断を与えないように言わない、報道しない、ということなのだろう。


 しかし、おおよその想像、いや、推測はできる。乗っていたのは10人で、操縦士2人、整備士2人のほか、第8師団の師団長と幹部自衛官である。師団長は着任したばかりで、第8師団は機動師団を兼ねることから、管轄区域の海岸線を知っておきたい、ということで飛行したものだという。


「機動師団」という言葉で思い出したことがある。小泉内閣の時代だっただろうか、予算編成の際、財政健全化を目的に財務省は防衛予算も削減の対象としていて、自衛隊員の削減を盛り込んでいたようだった。そのとき、財務省で防衛省予算を担当していた主計官が、現在、自民党の参議院議員の片山さつき氏で、予算拡大を求める防衛省に対し、「自衛隊を機動部隊にすれば、隊員の削減が可能になり、予算を削減できる。防衛力も変わらない」と主張し、防衛予算を削減した。隊員も当時の26万人体制から現在の24万人体制に変更させたと記憶している。


 このとき、片山主計官の云う「機動部隊」とはどういうものなのだったのだろう。機動部隊を新設すれば、隊員増になって予算削減に反するし、師団の編成を縮小するのだろうか、一体、どうするんだろう、と思った。


 当時、自衛隊削減を主張した主計官が、今は自民党議員になり、所属する自民党は防衛力強化を主張している。矛盾しないのだろうか。たぶん、ご本人に尋ねれば、きっと「情勢が変わった」とでも言うのだろう。政治家、高級官僚の考えとは、国家百年の計ではなく、その場だけを考えるのだろう。ともかく、かつて片山主計官が主張した機動部隊とは、どうやら自衛隊の師団に機動性を持たせる、ということだったようだ。


 話が横道にそれてしまったが、第8師団長は兼務する機動部隊としても守備範囲の海岸線を知悉しておくことが必要で、そのために着任早々、宮古島周辺の視察を考え、ヘリコプターを飛ばしたものだという。そのヘリは視察しやすいようにギリギリの高度を飛行していた最中に事故が起こった。たまたま風景を撮影していた人の映像に飛行中のヘリが移っており、その映像ではヘリの飛行高度は低いことが報道されている。さらに、定点カメラがとらえた事故2分前に映像からは、飛行中のヘリは離着陸時以外で許される最低の高度150メートル程度と推定されている。


 事故機のヘリは「UH60JA」と呼ぶ、多用途ヘリだ。シコルスキーエアクラフト社の名機で、三菱重工がライセンス生産している。末尾の「JA」は日本向けの陸軍用という意味だ。双発エンジンで新幹線並みの時速250キロのスピードで飛び、収容人員は12人。1機40億円弱もするそうだ。もっぱら人員輸送向けのヘリで、災害時の救助にも活躍するが、用途に合わせて機体の左右に燃料タンクを備え、操縦席を除き、窓は小さく、頑丈につくられているだけに重量もある。このヘリに10人の幹部自衛官が載って地形を視察中に事故が起こった。


 これだけ揃えば、事故原因は自ずから出てくる。窓は小さいし、そのうえ、燃料タンクが機体の外側にあるから、余計、外の景色は見にくい。海岸線を見るためには、機体を傾けなければならなかっただろう。しかも、同乗者は着任早々の師団長殿と幹部である。ヘリの傾斜角度を35度くらいなら大丈夫だが、操縦士は海岸線をよく見てもらうために角度を大きくしただろう。ひょっとすると、45度くらいまで傾けたかもしれない。あるいは、その際、強風が吹き、傾斜角度がより大きくなったかもしれない。機体が大きく傾けば、そのとたん、ヘリは揚力を失い。海に落下する……。


 ジェット戦闘機や小型飛行機が宙返りや急旋回ができるのはスピードがあるからだし、そういう場合も想定してつくられているからだが、ヘリコプターは宙返りなど想定してつくられていない。機体の傾斜角度を大きくしたとたん、揚力を失い、まっしぐらに墜落する。「UH60」は輸送用だし、機体が重いから墜落はアッと言う間だろう。レーダーから消えたのも突然だったことから理解できる。


 150メートルの高度から、重いヘリが横になって海面に激しく衝突した際、衝撃で下向きになった燃料タンクが、片側のドアだけが外れて海面に浮かんだのだろう。気の毒にも10人の隊員は逃げる間もなく、機内に閉じ込められたままだったろう。漂流物が少ないのも、閉じ込められたままだからと推測できる。この記事を書いているときに、海底に機体らしきものと人らしきものが見えた、と報道された。たぶん、横になって墜落したヘリと、中に閉じ込められた自衛隊員がいるはずだ。


 この事故は、結果的には操縦ミスということになるのではなかろうか。しかし、単に操縦ミスと言えない。操縦士は師団長と幹部隊員に外をよく見てもらおうとサービスに徹したのだ。


 1950年代だったと思うが、羽田を飛び立ち、香港に向かったイギリスのBOAC(英国海外航空、現BA)の旅客機が快晴の日に富士山の麓に墜落した事故があった。BOACの機長は乗客に美しい富士山を見せたいというサービス精神で、正規の飛行ルートから外れて有視界飛行をする許可を得て、御殿場上空から富士山の近くに向かった。ところが、当日は富士山周辺に乱気流が発生しているという警報が出ていた。富士山に近づいたBOAC機は5Gの重力を受け、あっという間に墜落してしまった……。


 自衛隊ヘリも同じようなものではなかろうか。師団長に海岸線をよりよく認識してもらおうというサービス精神がもたらした悲劇ではなかろうか。


 では、どこに問題があるのだろうか。まずヘリの選び方に問題がある。海岸線の視察のためなら、窓の小さい輸送用のヘリではなく、視界の広い小型のヘリを使うべきなのだ。10人が乗れない、というなら2機飛ばせばよいのだ。おそらく、新任の師団長と新任の佐官の視察とあって、案内する幹部自衛官、ベテランの幹部操縦士、整備士が揃って同乗したのだろう。合わせて10人にも上ったため、大型の「UH60」を使用したのだろうが、こういうサービス精神が横溢した結果だ。上官の師団長は部下のサービスを無用だ、と言いにくくなってしまったのだろう。


 企業でもこういうことがあるだろうが、とくに軍隊では仕事の性質上、上下関係が厳しくする。部下は上官のためにサービス精神をより発揮するし、上官は部下のサービスを「不要だ」などと言えず、甘えてしまう。しかし、一度に師団長や幹部自衛官を失ったら、部隊はどうするのか。戦時だったらもう敗走しかない。必要なのは、上官であろうと、部下であろうと、不必要と思われるサービスはおかしい、無駄だと思うものはおかしい、と平気で言える空気が必要なのだ。さもないと、国民は優秀な自衛官を失うことになりかねない。(常)