「そんなに薬を飲んだら、ご飯が入らないんじゃない?」
高齢の親戚が普段飲んでいるという薬を見て、口をついて出てしまったのだが、同様の経験をしたことがある人は少なくないはずだ。生真面目な人ほど、もらった薬をきちんと飲んでしまう。
薬をもらわないと病院に行った気がしないという人もいれば、いまだに風邪をひいて抗生物質を処方され、ありがたがっている患者も多い。日本人は薬が好きなのだろう。
薬で腹が膨れて食べられないくらいならまだマシで、薬は基本的に「毒」である。複数の医療機関から同じような薬を処方されれば効きすぎたり、異なるタイプの薬でも、知られていない相互作用が起こるリスクもある。不要な薬は避けるべきだ。
『医者が飲まない薬』は、普段から多剤服用や過度な医療に警鐘を鳴らしている医師5人へのインタビューを通じて、不要な薬が使われてしまう日本の医療の背景を探る1冊である。豊富な経験に裏打ちされた医師たちの言葉には、納得感があるものも多かった。
冒頭に登場する森田洋之医師が研修医時代に学んだという教訓、〈新薬に飛びつくな〉がまさにそれ。〈最初はわからなかったいろいろな副作用が、後から出てくる可能性があるから〉だ。もちろん既存の薬では治せない病気なら、新薬を使う点は森田医師も認めている。
過去には、発売後に重篤な副作用が見つかった薬もある。副作用がない場合でも、通常、新薬は既存の薬より値段が高く、経済的ではないのは確実だ。私自身、古い薬でコントロールできていたのに、医師が登場したばかりの新薬に切り替えようとするなら、「製薬会社のマーケティングに乗っかったのか?」などとつい穿った見方をしてしまう。長いこと医薬品業界を見てきたせいかもしれないが……。
年齢が上がれば上がるほど、体の不具合は増え、放っておくと薬は増え続けることになる。悪気はないにしても、専門医が部分最適をした結果として、薬が増えることも。しばしば起こるのが治療薬もらう際に、胃や腸があれるからと別途、胃腸薬をもらうこと。経験した人も多いだろう。
本書で紹介されていた事例はもっと凄い。終末期に病院に入院して「食べられないから」と胃ろうを作ったケース。胃ろうから栄養を1日当たり2000キロカロリーも入れたことで、血糖値が上がってインスリンを1日4回も打つハメになった高齢者がいたという。
■医師が意識しなければ薬は増えていく
新薬の登場により患者が増える現象に関しては、過去に何度か触れているが、本書でも「ディジーズ・モンゲリング」(病気喧伝)という言葉とともに言及されている。疾患啓発により病気が発見され、患者に治療の選択肢が広がることは喜ばしいことだが、本来必要のない人にまで薬が処方され(=病気をつくりだす)、使用量が増えるのは、褒められた話ではない。
冒頭のポリファーマシー(多剤服用)が起こる背景については、長尾和宏医師が語っている。要は〈病気別に投薬〉されるから。医師の側が薬を減らそうという強い意識を持っていないと、次第に増えていく構造だ。ポリファーマシーを防ぐためには、医療や薬の情報を一元化する必要がある。かかりつけ医に一元化するのもひとつの方法だろう。
一方、増え過ぎてしまった薬を減らすのは一苦労だ。薬が好きな日本人には〈いきなりやめると、精神的なショックを受けて泣いてしまう人もいる〉という。そのため、〈優先順位をつけ、それを普段から患者さんに理解してもらう〉〈年単位で予告をして、減薬の方向へ持っていく〉といった配慮も求められる。
そして、医師の側が患者の年齢や症状に応じた薬の出し方、生活指導に変えていく必要もある。一律の基準で治療を決めてしまうような医師には徹底抗戦したい。80歳になってある程度の高血圧は仕方がないと思うし、食事制限で食べたいものをガマンしたまま最期を迎えたくないものだ。
加えて、社会にも病気でないものを病気にしない寛容さが求められる。とくに精神疾患が顕著だろう。例えば昔なら「あいつちょっと変わってる」程度で済まされた人まで、近年は「発達障害」とみなされるようになった。高木俊介医師の〈過度な医療依存というのは、メンタルにおける「個性」が受容されない社会の中で生まれてきたもの〉という指摘は正鵠を射ている。
意外に世の中で知られていないと感じたのが薬の副作用。長期間飲み続けていると影響が出てくる薬もある。スタチンで筋肉損傷の副作用があることは恥ずかしながらフォローできていなかった。新型コロナウイルス感染症治療薬の「ゾコーバ」が禁忌の妊婦に使われてしまったように、医師や患者も効果ばかりに目がいって、正しい使い方や副作用に疎かになりがちなのかもしれない。
巷で広がっている「常識」とは異なる部分も多々あるが、真摯に患者を診る医師たちの「真実」が満載だ。薬や医療との向き合い方を考えるうえで、読んでおいて損はない。(鎌)
<書籍データ>
『医者が飲まない薬』
鳥集徹編著(宝島社新書990円)